手紙③
全部見終わって片付けてたら、部屋がノックされる。
「どうぞ」
個室でもないのに律儀だなと思ったら、なんだニックスか。
「今朝届いて、お前のところに分け忘れてた手紙らしい」
受け取るが、確認する前にとりあえず祝っておこう。
「おお、わざわざどうも。そういえばニックス、一年リーダー就任おめでとう」
「………ああ、頑張るよ」
なんだその溜め。まさか嫌とか? なんか思うところのありそうな表情をしているニックスに、不穏なものを感じた。後戻りできなくさせよう。
「君のご実家ってここから遠いのか?」
「? いや、1日で着く」
よかったよかった。
「どうして聞いたんだ?」
「そうか、なに、君も先輩方の厳正なる話し合いの結果、リーダーになったわけだろう。先輩方に挨拶に伺わなきゃいけないじゃないか。そのときの手土産にちょうどよさそうなものがあってね」
俺はニックスにフルーツケーキのブリキ缶を差し出した。六号ぐらいかな? ありがたいことに家紋は刻まれてない。
ニックスは困惑していた。
「えーっと……」
「わざわざご実家に今から用意してもらうのも手間だろう。だが、家に用意してもらったという体裁も必要だ。週の後半にこれを袖の下しよう。これで監督生も一発だよ」
「袖の下ってなんだ?」
「これが僕からの就任祝いだ」
上級生のニックスに対する好感度を上げつつ、リーダー役から逃げづらくさせ、なおかつ恩に着せる。妙手である。これが政治! 辣腕! 後々俺が第四寮のフィクサーとなるための布石! 後世の歴史書にはその橋頭堡となる出来事として、これが刻まれることだろう。
ニックスはしばらくブリキ缶を見つめて、「確かに」とつぶやいた。
「だが、本当にいいのか? お前にもらってばっかじゃないか?」
「そんなことはないさ、君には日頃から助けてもらってばっかだよ」
「助けたことなんか」
首をかしげられた。謙虚な奴め。俺が朝寝坊しない理由の半分は、お前が起こしてくれるからである。
「僕は君を支持してるってことさ」
無人島でも見捨てないって信じてるからな。
俺の熱い眼差しに何かしらの感銘を受けたのだろう、ニックスは最終的にブリキ缶を受け取った。よし。
「ありがとう。俺が力になれることなら何でも言ってくれ」
ああ、今してる。
ニックスが荷物を整理している環境音をBGMに、渡されたお便りを手に取った。
しかし何だ手紙って。幼馴染女子のメレディス? 来てない返事といえばそれぐらいだが、送り主を確認してちょっと瞠目した。
また母。
「もう返事が来たのか。早すぎないか」
領地に帰ってなかったのか? 首都のタウンハウスにまだいたのかな? んん? ということは土曜までに金はなんとかなるのでは?
希望を胸に手紙を読む。
『私の賢い天使ニール、学校では楽しく過ごせているようで何よりです。
あなたがくれた報告が嬉しくて、すぐにお姉さまに会いにいったのですよ。
話したらとても感激していました。
ヴィクトルを慕っている気持ちは、私たちにとても伝わりました。
あなたは幼い頃から周囲に優しい立派な子供でしたが、少し遠慮しがちなところがありますからね。もう少し踏み込む勇気を持ちましょう。
できることはたくさんあるはずです。
どうか彼の味方として、立ち上がるまで力になって差し上げなさい。
手紙を読んで、お姉さまも落ち着きましたので、この返事を出したら私も領地に戻ることにします。
誠実なあなたへ、神のご加護を。
P.S. ハムの味が落ちたってどういうことですか』
「ファー!? 帰っとる!」
「どうしたワーグナー!?」
「く、くしゃみが出ただけさ…」
「個性的なくしゃみだな」
「うちの家系のトラディショナルでね」
それ以上にとんでもないこと書かれてなかったか? 最後らへんにしか反応できなかったが、その前にもっと大変そうなことが……。
「……心労がやばそうだな」
ニックスが視界の端でなんか言っているが聞き取れなかった。
母からの手紙が来るたびに思い知る。所詮俺は首輪をつけられた小間使いに過ぎない。自由意志など存在しない、無力な子羊。この学校生活、できる限り快適に過ごすためには、俺の未来と兵站を担っている母さんの言うことを大人しく聞くしかない。
「入部届ってどこに持っていったらいいんだっけ?」
「俺は部員に渡したけど……」
賢い天使は少し考えて、テニス部に入ることにした。




