第四寮
周囲を見習って、先輩がサーブをしたり点を入れる度に掛け声を入れていたので、芯だけにするのは時間がかかった。合いの手ってやり始めると意外と楽しいから困る。カラオケとか。
しばらくしてオルグレンはタオルで顔の汗を拭いながらベンチに戻ってきた。隣に座って肩に手を回してきた。
「あーあ、うちの寮にも君みたいな子がいればいいのに……。ワーグナー、寮替えないかい? ひとつぐらい空けられるよ」
…?
「パシーってそんなにいいか? つまらないことしか言わないだろう、あいつ。部屋掃除とかさせてくるんだろ。もしかして演劇部に入りたいのか?」
「いえ、よくしてくださいますよ」
「よくしてる? 雑用でこき使ってくるのに? お前も真面目にやってるんだって? こっちじゃ適当なやつに任せてるのに」
「っあ、そうなんですね。はっははははは……」
あっぶね! ここにインターネットが存在しなくてよかった。スマホあったら絶対オルグレンの寮ググってたわ!
やめろ俺は第一寮以外は平和だと信じたい。他の闇物件絶対知りたくない。情報は多すぎたら幸福度が下がるのだ。
オルグレン……思想が強い以外は割といい先輩と見せかけて、やはりそこが牙剥いてくる。
もし将来大勢の平民が貴族を打ち倒したとき、間違いなく差別主義の古臭い貴族としてこいつは槍玉に挙げられるだろう。その過程で人間関係を洗い出されるはずだ。
きっとこのような会話を反体制派はするに違いない。
「こいつがエイデン校で過ごしていたとき、気に入った下級生を雑役生にしてそばに置いていたはずだ。その元下級生もオルグレンと同じ思想を持っているに違いない」「つまりそいつも利権を貪るレイシストのクソ野郎ってことか?」「よし、ギロチンにかけよう」
……安易に想像がつきすぎる。こいつの雑役生なんかなっちゃうと間違いなくリスクだ。
せいぜい関わりがあったかもしれない後輩ズの一人として末席に名を連ねる程度にしておいた方がいい。穏健派のパシー先輩がどう考えても安牌。
「どちらにせよ、僕がパシー先輩にそんな不義理をしたら、オルグレン先輩だってよく思わないですよね?」
「ふーん、思ったよりも考えてるなんだな。ま、来週中に出しておきたまえ」
入部届を渡された。
緩い部活ってことは長所だけど、今んとこ惹かれないな。クリケットと二択だったらこっちって感じ。だって一年って結局玉拾いばっかだろ。ほら、あそことか。あ、あいつ、ちょっと鈍臭いな雰囲気でわかる。って、
「ロドニーっ?」
向こうのコートには、スキニーの呪いにかけられたロドニー少年がいた。オルグレンは俺の視線を追って、眉をしかめた。
「ああ、彼? 確かコンプトン先輩が連れてきた一年だね。先輩は最近顔出さなくなって。結構うまいから来て欲しいんだけど。……へえ、意外だなあ、彼と知り合いなのかい?」
情報量が多いが、ロドニーがまた可哀想なのはわかった。
「ええ、ちょっと」
「呼ぶ?」
「大丈夫です。そろそろ僕、失礼します」
オルグレンは目立つ。おかげで俺は、なんか今一部から睨まれていた。撤退しよう。
ロドニーを巻き込んでもいいことはない。幸か不幸か、向こうはまだ俺に気づいてないみたいだし。だって目が合わないからな。
日曜日。
パシー先輩はここ2日ぐらい上機嫌だった。具体的に言えば鼻歌がいつもより長かった。そして今朝も俺がうっかり焦がしたパンに芸術性を見出していた。
「この焦げの形…白鳥に見える……。ぱっと思いつくのは白鳥の湖だが、この後ろの三角形は小舟の先端を表しているのか……? ならローエングリン。僕の家が後援している劇団が今度上演する予定なんだけど、知っていたのか。さすがだな、ワーグナー」
「なんと、お気づきになられましたか。尾羽根をうまく表現できませんでしたが、わかっていただけるとは」
「悩むまでもないね」
「尊敬っす」
よくわからんが、ノれるもんはノっとくか。水を差してもいいことないし。
パシーはパンは軽く焼く派なので、これぐらいこんがりしていたら機嫌が悪くなりそうなのだが、なんというかすごく寛容である。
「え? 部屋掃除? 今日はしなくていいよ、日曜日だろう」
とか言ってるし。多分オルグレンが俺とした会話をチクったんだろう。ほほー、この反応を見るに、俺の対応は正解だったっぽいな。
前日に俺が(←重要)丁寧にブラシをかけた上着を羽織りながら、パシーはにこにこ話しかけてきた。
「一年生は外出許可降りるの来週からだっけ。何か欲しいものはあるかい? お土産買ってきてあげる」
「やったー!」
寛容すぎて逆にパシー先輩がパシリみたいになり始めた。俺たちの雑役生関係は新たな局面を迎えるのかもしれない。この状況が最終形態ということにできないか。
第一寮の様子とか、オルグレンのところとか、テューダーの謎行動とか知るにつれて、相対的に俺たちの関係はとてもホワイトに見えてきた。ただでさえ再評価の流れが来ていたというのに。こりゃ、
「熱いな」
「え? 涼しくなってきてないか?」
「まあね」
玄関で先輩たちを見送ったあと、ぽつりとつぶやいたらレニングに拾われた。少し恥ずかしい。きび団子作戦以降、同室との距離が地道に縮まってきている。もうちょっとしたら多分恋バナとか下ネタとかできると思う。
給湯室で自分たちの紅茶を入れるついでに、ストックを確認していたら、隣の寮室のやつが話しかけてきた。
「一年のリーダー、なんでニックスになったんだよ」
「そりゃあ、ふさわしいと判断されたんだろう」
昨日の夕食終わりに、監督生が一年生のリーダーを指名したのだ。パシー先輩がなんやかんやしてくれたんだろう、無事にニックスになった。事前に知らされてなかったっぽいニックスはびっくりして固まっていた。その隣で俺は隠れてガッツボーズをしていた。
「聞いてた通りだな、あんなやつに謙りやがって。誇りがないのか! ただの軍人の息子が、ぼくらに指示する立場になるって? 馬鹿にするにもほどがあるだろ!」
ヒステリックな声音で思い出した。雑役生のやり方を教えてもらっていた時に、隣の部屋で叫んでいたやつだ。
こやつと同室の生徒の一部はうんざりしたような表情をしている。なんか隣の寮部屋の連中ちょっとギスってないかって思ったことあったけど、なるほど。
「別に僕は不満はないけどね。彼ならしっかり仕切ってくれるさ。人となりは側にいたからわかる。弱きを助け、強きをくじくタイプだ」
「は!? お前くじかれる方だろ。知ってるぞ、ワーグナーって西の大——「ひょんなことから無人島サバイバルになったとき、頼れるのは誰だと思う?」
朝からはちょっとしんどいテンションだったので遮った。
「間違いなくニックスだ」
「俺たちを導いてくれニックス……」
「悪いなワーグナー。お前はそこらへんに座っていてくれ」
なぜ謝られたのかはわからないが、俺の同室には俺の言いたいことが伝わったようだ。……いや、なんで謝ったんだよ腹立つな。
「付き合う相手は考えろよ。気持ち悪いなお前ら……」
ドン引きされた。おいおいおい、俺を一緒にするなよ。
「君に必要なのは視野の広さと自省と寛容さだ。カモミールでも飲んで落ち着きたまえ」
心の広い俺は、自分の淹れていた紅茶をこの……名も知らぬ生徒のカップにドボドボ注いでやった。
鎮静効果があるからな。俺はいつも理性的なので必要ないんだけど、トランクという名のスターターパックに入っていたので。いやいや、口に合わないからとかじゃない。
「ウィルソンと交友関係があるようだね。付き合う人間を考えた結果かな」
「な、何だよ? 知ってたのか」
言ってることがあいつ経由っぽいからな。
「その考え方があっているのか、僕は疑問に思うけど」
「……」
突如ハーブティーを飲まされる羽目になって困惑しているガキンチョを尻目に、俺はアッサムの茶葉を取り出した。砂糖ドバドバミルクティーを作ってやる。血糖値スパイクいくぞ!




