図書館②
「うん? どうぞ」
「どうも」
番号を確認して戻す。さて、ちゃんと探す——か!?
「な、何!?」
屈んだ体勢のままがっちりと肩を掴まれた。顔を見るとめっちゃ目があった。ひい!
「ねえ、君。ボクに言いたいことあるんじゃないのか?」
「えっ…と、肩から手を外してほしいですね」
「あまり付き纏われるのは好きじゃないんだ。言いたいことがあるなら早めに言って欲しい」
聞けや。
「ニール・ワーグナー。君の領地内での活動は知っている。目障りだと思っていても、敬虔な信徒に冷たくしたくないんだよ」
「!!」
俺のフルネームを知っているらしい。俺はこいつに覚えがないんだけども。
目を逸らすと怒られそうなので、諦めて観察することにした。
うーむ、殿下みたいに派手でこそないものの、只者じゃないオーラを感じる。なんか将来的に世界の4分の1ぐらいの信仰の頂点にいそうな。なんでガキにそんな風格が……。
そして敬虔な信徒という重要そうなキーワード。
ま、まさか。
「……初めまして。ミハイル・テューダーくん」
枢機卿の息子かつ、勉強会の最後の同期だたぶん、おそらく。暫定テューダーは、ふむ、とうなづいた。当たっているらしい。我ながら察しが良すぎる。
「確かに君にとってはそうなるか。気を失っていたからね。急に倒れた君を、ボクの一派が医務室に運んだわけだから」
「はえっ」
「助けられた礼を伝えに来た体で、そのまま取り入るつもりだろう。そんな短絡的なことぐらい読めてるよ」
「いやいや!」俺は思わず両手を挙げた。
「待ってくれ。助けてくれたのがテューダーくん一派って知らなかった。医務室の先生が友達って言ってたから。君とは面識はなかっただろ! 今だって話しかけるつもりなかったんだって!」
テューダーに釣られて一派って言ったけど、一派ってなんだよ。取り巻きよりも規模デカそうだな。
俺がこいつに必死に弁明してる理由はガッツリある。こいつのお家柄は見方によっちゃ殿下よりやばいのだ。
「……」
嫌な沈黙させるな。
「ふむ、じゃあなんでここに来たんだ?」
「そりゃ、」図書館に来たってことは、「本を読みにきたんだよ」
これは本当。
「口の端が笑っていたのは?」
「な、内容が面白かったから……」
これは嘘。テューダーは俺の仕舞ったばかりの本を取り出して眺めた。
「聖書が面白かったと?」
「…うん」
やべぇ、嘘が下手だったな。背中あたりにこっそり冷や汗が流れる。普段正直者で生きている弊害が出てしまった。なんとか学術的な意味に持っていくしか。
テューダーは訝しんでいる表情から一転、にっこり笑った。
「聖書をあんなに楽しそうに読む人、久しぶりに見たよ。——ボク以外で」
「おっと」
この反応は予想外。
「……君たち」
テューダーは棚の向こう側に向かって話しかけた。
「はい」
「医務室に確認に行ってくれ」
そ、そこまで疑わなくたっていいじゃん。
「わかりました」
そして複数の足音……。俺は好奇心に負けて振り返った。足音の数通り、3人の生徒の後ろ姿が見える。そして隣には後ろで手を組んで堂々と立っているテューダーがいる。
「……」
何してんだこいつら。
「えーっと。一派の方々ですか?」
思わず指を差しながら、うっかり敬語になってしまった。一派っていうかもうボスと部下の関係みたいだな。えっ入学ほやほやの一年だよな。
「教会関係の学生は互助関係が元々あるんだ。たとえば、君が親しくしているコリン・ロドニーもうちが支援している奨学生だ」
「なるほどね。助け合いってことか、とても素晴らしいね」
突っ込みたいことは山ほどあるが、とりあえず揉み手でゴマを擦っといた。
目の前のミハイル・テューダーは、次期法王候補と名高いテューダー枢機卿の養子縁組した息子である。そしてテューダー枢機卿といえば現法王のこれまた養子にあたる。公的な書類上ではそうなっている。さらには10歳になったころ教会内での偉い役職を叙階したという噂も飛び交っていた。
それらを踏まえると察しのいい人間なら、ある恐ろしい”憶測”ができてしまう。
テューダーさんご一家は、こっそり法王を自分たちの世襲制にしようと画策しているのではないか、と。
それだけで半端者は牙を抜かれ震え上がってしまうのだ。
順当に行けば俺が現役の時、ぶち当たるのは同じ世代のこいつだ。
国王に嫌われても国外逃亡して身を潜めれば、ワンチャンなんとかなるかもしれないが、法王に嫌われて破門でもされたら、直に殺しに来ないだけで、あらゆる人権は失われる。
ここら一帯の国々は全て教圏なので、かくなる上は泳いで新大陸を目指すしかなくなるんじゃなかろうか。まだスイムウェアの技術も進んでないのに、そんなことしとうない。
「ところで、君は聖書が好きなんだよね?」
嫌な話題を続けやがるぜ。俺は口の端のひくつきを咄嗟に手で隠した。
「好きなんて言葉は、僕にとって烏滸がましいよ。ただ僕がこうしてあるのは、ひとえに信仰のおかげだから」
うっかりだいぶ盛ってしまった。でも目の前に未来の法王がいるとそれぐらいしてしまうよね。
「その割には俗欲に溺れているんじゃないかい? 勉強会に入り浸って、上級生に取り入って、節制も忘れて暴食していると話を聞いたよ」
ひえー! 勉強会にも手先が入り込んでるのか!
「……言い方が悪いよ。悩み事があって、先輩に協力してもらってるだけだよ。寮も同じで、学校に慣れてない僕に色々親切に教えてくれるんだ」
暴食の件の言い訳は後日に持ちこそう。
「へえ、言い訳みたいなことを言わせてすまないね」
はっ倒すぞオラ。
「ははは、疑いが晴れたならよかったよ」
「そんなことよりも、そんなに君が信心深いなら、ボクたちいい友人になれそうじゃないか?」
「そうかも……?」
そうなのか? そういう友達のなりかたってあるの? ミサ仲間みたいなものかな、十分ありえそうではある。問題は別に俺が信心深いわけじゃないことなんだけども。そして微笑んでいるテューダーの視線に親しみのしの字も見当たらないことなんだけども。
「校舎から東の丘に小さな古い教会があるんだけど。今度の日曜、そこで会おう。君に色々と尋ねたいことがある」
俺のスケジュールに新しい予定と聖書の復習が加わった。




