クラスメート③
来てほしくなくても時間割通りに学生生活は進んでいく。つまり俺がぼっちかつ、ウィルソンがいる神学の授業も必ずやってくる。
やってきてしまった。あーあ。
ぼっちな俺は受講の準備を済ませて、予習のためクールに教科書を読んでいた。
ふむふむ、うーむ、一体神とはなんなのか、学べば学ぶほど、真理とはより遠のいていく感覚に襲われる。もしかしたら我々は、気付かぬうちに神や真理というものを遠くに置き過ぎているのではないだろうか。もっと近くにいたりして。
むむ、神とは一体……。
教室に入ってきた生徒たちが、俺を見て目を丸くする。
「ワーグナーくんだ! おはよう」
「おはよう」
「あれ? ワーグナー、今日は珍しいとこに座ってるんだな」
「気分転換だよ」
俺は本日、扉側の一番前の席に座った。そのおかげで、未だかつてない挨拶ラッシュを食らっている。
なぜそうなったのか。
「いつも向こうの窓際の席にいるのに。——……ああ」
なんと、ウィルソン一味に俺のいつも座っているオキニ席が乗っ取られてしまったからだ。
「まあ、僕は気にしてないからさ」
困ったように笑っておく。そもそもフリーアドレス席で、正確には俺のじゃない。エイデンでは授業ごとに部屋を移動するので、自分の席はないのだ。ロッカーしかない。
座席数に多少のゆとりがあるおかげでなんとかなってるが、なかったら今泣いてた。
またまた教室に入ってきたやつが驚いた表情でのこのこ近づいてくる。
「えー? ワーグナーおはよう」
「おはよう」
どうもどうも。というか、意外とみんな俺の名前知ってるんだ。……もしかしてクラスLINEとかあったりする?
でも嬉しい誤算だな。入口にいるとこんなに挨拶されるのか。もちろん通り過ぎられる方が多いけども、0と1の間には果てしない違いがあるのだ。
まあ、確かに? 精神年齢的に違うから、合わないこともたくさんあると思うけども、それはそれとしてハブられたくはない。
この様子を見るに、悪印象を抱かれているとかではなさそうだな。無意識のうちに壁を作っていたのかも。有料noteとか買わなくてまだ大丈夫かも。
図らずしも一度頓挫した友達100人計画が現実味を帯びてきた。己の行動を見返してみると、嫌われる要素はないし、ポテンシャルはあるはずだ。むしろポテンシャルしかない。女の子から優しいってよく言われるし。狡い小技など使わずに、そのままの俺の魅力でお友達を作っていこうではないか。
内心上機嫌で再び開いていた教科書のページの続きに目を落とす。神とはなんだ? ふっ単純な話、俺だ。俺だ! 俺だ! 俺だー!
悟りを開いている最中、おとなしそうな3人組がプリントを持ってやってきた。
「あの、ワーグナーくん、宿題に出てたセインの書のこの部分の訳わかった?」
「ああ、ここは文体が変則的なんだ。これを名詞じゃなくて動詞として訳せば……」
「わーなるほど! ありがとう。当てられたら罰則確定だったよ」
「君の助けになれたなら光栄さ」
ウィンクすると、教えてやった奴はぎゅっと胸元に手をやった。
「か、かっこいい。頭が良い上に優しいなんて……」
ぐふふ。俺は頭が良くて優しいらしい。自分では理解していても他人に言われると気分がいい。
妹の友達とか年少者の審美眼は信用できないし、周囲の大人は仕事の都合で忖度かましてくるから、冷静な立場からの意見は嬉しいですね。なるほどね。へー、そんな感じか。よくわかってるじゃないか。
ここを伸ばしていけば、オタクに優しいギャルほどではないにしろ、令和の黒ギャルぐらいレアな存在にはなれるだろう。
3人組は互いに目くばせし、こそこそと話し出した。
「ロドニーの言っていたとおりだ……」
「やはり間違いない……」
「まだ早計では……」
そのまま去っていく。えっ何? やはりって何? ロドニーが何?
唐突な不穏要素に俺は震えた。
授業が終わるとさっさと荷物を片付け、教室を出る。
だらだらしてウィルソンに捕まりたくない。明確に状況が悪化する前に、あいつを一発で2度と逆らえないようにできる方法がほしい。
『弱み 握り方』で調べたら何かしら出してくれるAIどころか、便利なインターネットが存在しない世の中だ。魔法も存在しない。ステータスはオープンしない。存在するのは脳みそつるつるな自分だけ。
知りたいことを調べるためには、書に頼るか、有識者から知恵を借りるかがメジャーな方法だ。
とはいうものの、有識者に直でそんなこと聞いてもいいのか疑問が残る。
相手は人間なんだぞ。際どい質問投げたら、何か犯罪しようとしてんのかな、とか思われてドン引きされるんじゃないか。検索エンジンに婉曲的に諭されるだけで後ろめたいのに、いわんや人をや。
前世から魂にこびりついている侘び寂び精神の影響か、一時が万事幽玄さを感じてひよってしまうのだ。ま、学校なら図書館でいいだろう。そんな物騒な題名の本がおぼっちゃま学校の厳しい検閲を通過できるのか疑問だけど。
だが、貴族社会は悪口とかマウントの取り合いが必須技能と言っても過言ではないはず。俺もすでにされてるし。そのやり方を学校が教えないなんてことあるか?
家で教えろって? 最近は箸の持ち方から学校が全部教えてくれないとね。
とりあえず空いた時間に図書館を漁ってみようかな。
食堂へと続く渡り廊下を歩いている途中、真上から強く降ってくる昼の日差しが目に刺さった。
ぐわー! 今世はメラニン色素が足りない! なんてか弱いんだ俺は!
今日は珍しくすごい快晴してたらしい。考え事に夢中で、うっかりノーガードで直撃を受けてしまった。急いで庇っても遅かった。チカチカする。
授業終わりの廊下は人がごった返していて危ない。開けられない目を覆いながら、なんとか廊下の端に寄ろうとした。
「うっ」
せめて足に力を入れたいが、立ちくらみが今ここで来た。足元がふらついてしまう。どう考えても原因は睡眠不足だ。
端に着く前に、誰かとぶつかって倒れ込んだ。
いつも読んでいただきありがとうございます。
今更ですがいじめの描写があるので、R15をつけさせていただきました。
これからもよろしくお願いたします。




