勉強会④
俺は駆け込み寺、別名ジューンベリーの館に往訪することにした。面倒臭くとも、保身のためには足が動くものだ。手紙を渡したことも早めに伝えないといけないし。
林の中の小道を俯きつつ、ときどき屈みながらぼちぼち歩いた。庭先までたどり着いたら、俺が落ち込んでいると勘違いしたらしいパシー先輩が垣根の隙間からひょっこり現れた。
そしてぽんぽん肩を叩きながら、慰めようとしてきた。
「何があったんだい? そんなに下を向いて落ち込んで」
「……。はい」
別に落ち込んでたから俯いていたわけではないんだけど、説明するのも面倒だな。
俺はポケットの中にぎちぎちに詰めた松ぼっくりを気づかれないように隠した。もうちょっと裾が長くないと気づかれそう。
パシー先輩は東屋っぽいところで、2名ぐらいと何かしていたようだ。本やノートが見える。勉強かな。ヌン活しながらいい身分ですな。
「第一寮に手紙を渡してきました」
「早いな優等生くん。……ああ、うまくいかなかったんだね。気にするなよ。今部活のやつと話し合いをしているんだ。先に行って待ってて」
俺は時間潰しに廊下に飾られた絵画を見とくことにした。
これは学校関係の絵じゃないな。作者の名前は書かれていないがこの特徴的な筆致。ぺろっこれは……。
「ファン・グレズっぽいな。晩年に北部の湖水地方で暮らしてたらしいけどその時期の絵かな」
きりっ!
家庭教師に習いました。誰も見ていないときに限って俺の教養がまろび出てしまう。さりげなく著名な画家の作品が飾られているのは権威の匂いがしていいですね。
絵画に隠れて、白黒写真も複数飾られているのが目に付いた。一人、二人、背景込みで撮られているものもあれば、パーティーでも開いていたのか男女交えての写真もある。
俺は取り立てて大きい写真を見つけて目を留めた。
穏やかな自然を背景に、十数名の学生を集合させて記念撮影でもしているような構図。下の小さなプレート曰く、去年行われた勉強会メンバーの親睦会の写真らしい。
「ほお」
今より髪の毛の短いパシー先輩が端の方にいる。オルグレン先輩は当時三年ながら目立つ場所を陣取っていた。横に、体躯に恵まれた上級生が二人いる。
一人はエキゾチックな風貌。そして、もう一人は短髪の下に真っ白い歯を覗かせた爽やかな笑顔を浮かべていた。
「……」
今まで見てきた中でトップオブトップ陽キャイケメンだ。
で、でもモノクロ写真って大体1,2〜100倍かっこよく映るからな。坊主頭の男も億に一つ、ジェイソン・ス◯イサムになれる可能性が拭えないのがモノクロ写真だと言っても差し支えないこともないし……。せめて性格はドブであれ。変なくしゃみしろ。間違えて先生をママと呼べ。
俺の心の弱い部分が陽キャなイケメンという概念に生き残りをかけて抗っていた。元気な部分は、あまりにも捨てがたい可能性に賭けてみるべきか悩んでいた。
「ワーグナー? 廊下で何してるんだ? 頭が痛いのか」
「いえ、少し考え事を…」
「座ったら?」
己の醜さと戦うか受け入れるか、髪を剃るか苦悩していたら時間が経っていたらしい。パシー先輩は俺の前に飾ってあった写真に気づいた。
「あー、去年の写真だね。みんなで川下りしたんだ。初めてだったけどレッドフォード先輩が教えてくれたんだ」
「どこでしょう?」
「ここにいるじゃないか」
「ホントダ……」
ぴっと指さされた先、トップオブトップ陽キャイケメンがヴィクトル・レッドフォードらしい。なんということだ、性格は良さそうだ。家柄もいい。ここまで来るとオタクに優しいギャルよりも希少生物じゃなかろうか。バランスを取るために、変なくしゃみしろ。
「いい写真だなあ」
「こんな人が、今引きこもってるなんて信じられませんね」
今自虐ネタしか言えない体になってるなんて信じられない。
「うん。親睦会までには戻ってきて欲しいんだけどねえ」
しょんぼりパシー先輩に良心は痛むが、俺は第一寮にで起こったことの次第をさっさと話したかった。
「あれは相当キてましたね」
コンプトン先輩の話を聞き終えると、パシー先輩は「あいかわらず単純なやつだ」と首を振っていた。
「でも、服を貸し借りする仲なんですよね?」
「いや全然。貸すわけないじゃん盗まれたんだよ」
盗難事件かよ。
「えっ寮に侵入されて?」
「ん? ああ、違う制服じゃない。僕は演劇部だろ? つまり」
「劇で使う衣装を盗まれたってことですか?」
「正確には使い終わった衣装だけどもね。部室で保管していたら無くなっていたのさ。今まで放置してたんだけど。あの先輩、三年の途中までは演劇部だったから勝手知ったる感じだったんだろうな」
「今まで放置って……盗まれたの結構前なんですね。なんで気づいたときに返してもらわなかったんですか?」
「リメイクの話が最近出てきたんだ。今までもう使わないって思ってたし、不必要につついても面倒くさそうじゃないか」
「確かに、関わりたい感じの人ではなかったですね」
「おかげで今回ネタに使えて良かったよ。……性格悪いなんて言わないでくれよ、そんなこと言ったら、そも盗むなという話だろう」
「いえ、本当に助かりました」
恨みは買ったかもしれないけど、リンチ回避はデカすぎる。参考になるな。俺もたくさんの人の弱みを握っておこう。
しかし大人が思っているより子供にはスレてる部分がある。エイデン校の教育の賜物だろうか。
「だろ? しかもロミオとジュリエットだよ。彼は懐かしいヒロインの衣装を盗んだんだ、くくく」
「はは、バラされるとまずいですねそれは」
楽しそうなパシー先輩にノリを合わせたがいまいちよくわからん。
なぜそんな奇行を? 制服盗む方がまだ嫌がらせとしてわかるけど。なんでわざわざそんなものを盗んだんだ。美的にグッときたのか? ロミジュリ? む……?
何か脳裏に引っかかりを感じたが、すぐに霧散した。わかるのは、パシー先輩がコンプトンの何かしらの弱みを握っていて、それのおかげで俺がほぼ無傷で済んだってこと。
……なんか物騒だな、面倒なものに片足突っ込んでないか。嫌なんだけど。俺の将来がかかってなかったら絶対こんなことやってない。
話が終わって、パシー先輩はまた東屋の方へ戻るらしい。
「途中で抜けてきて大丈夫だったんですか?」
「説得してるだけだから。あーあ、なんであんなのに入れ込むんだか……」
初めて見るぐらいだるそうな顔をしてる。
「困った人がいるんですか?」
「困った人ねえ……。あんなやつと後二年も一緒にやらなきゃいけないのか。想像できないね。でも関わらないわけにはいかないから、すでに精神的にしんどいよ。話が合わないっていう以前にね、物の見方とか価値観がすごく幼稚なんだ。客観視も自己批判も学ばなかったのかな。でも無視するわけにはいかない。人類皆兄弟なんて幻想だ。いいかい? 人間二人以上いると争いが生まれるもんだ、確実に。どんな場所でも。同じ集団に入ってしまうと逃げ場なんかない」
部活選びに悩んでいる新入生にネガティブキャンペーン仕掛けてこないでほしい。
「いや、まあ! もちろん楽しいこともあるけどね! 演劇部なんて楽しいことだらけさ! みんな仲良し」
「……」
「……」
今更騙せると思うな。もうちょっと前向きになれるようなこととかないんすかね。
「あ、今日はエクレアだったよ」
「パシー先輩がんばってください!」
有益な情報をくれた背中を見送って、俺はそっとサロンの扉を開けた——。




