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第一寮④


「第四寮のパシー四年生です。アルフレド・パシー先輩です」


「……パシー? ……なんであいつが」


 推定コンプトン先輩は、差出人の名前を聞いてトーンダウンした。大きい先輩もちんまりさせる、ネームバリューってすごい。


「パシー先輩の頼みとあれば、このような蛮行に及ぶしかなかった。ご理解いただきたいんです」


 咳き込みたいのを抑えて、掴まれてよれた襟元を直す。


 寮に入るだけで大袈裟なもんだと思うが、自分ちに知らんやつが勝手に入ってきたらと考えると、防犯的に不安にはなる。趣味のものとか広げっぱなしだったら恥ずかしいしね。

 俺は敵意を向けてくる見ず知らずの他人にも理解を示したい。


「ポストに入れときゃいいだろ。勝手に中に入るなよ」


「一言頼まれていたので」


 意外と冷静な返しをするコンプトンに、パシー先輩からの手紙を差し出す。一理ないこともないが、もともとヴィクトルが本命だったからその世界線はない。


「パシー先輩があなたに服を返してほしいそうです。ずっと待ってたけど、待ちくたびれたので、早くしてって。ボタンもほつれもちゃんと直すように」


「っ!? あいつ!」


 眉を顰めながら受け取ったコンプトンは硬直し、次第にぷるぷる震え出した。


 き、キレてないかこれ? パシー先輩? お守りって言ってたじゃん。

 俺は殴られるかと慄いて、そろそろと2、3歩下がった。怖すぎるだろ、この体格差で殴られたらぶっ飛ぶぞ。


「……」


 数秒様子を窺ってみたが、大丈夫そうかも。震えてるだけだな。

 服を借りたことがすごい弱みになっているらしい。なんでだ、そういう文化なのか? まあせっかくだしつけ込んでおこう。


「コンプトン先輩の実直で信頼できる人柄を信じて待っていると、パシー先輩はおっしゃっていたんですが」


 ちらっと、肩身狭そうな一年たちに”ついつい”視線を向けてしまった。ちなみに、パシー先輩はそんなことまでは言っていない。俺が先輩の意を汲めるできる後輩なだけである。


「……くそ」


 ささやかな音量で舌打ちが耳に入ってきた。いやあ虎の威って最高だな。温かいな。今から寒くなってくるからもっと借りる準備をしておかないと。


「……舐めやがって」


 ドスの効いた低音がかすかに、しかし確実に俺の耳に届いた。なっ、こわっ。


「では雑役生は失礼します」


 ひえー、虎を過信しすぎると良くない。物理攻撃されたらたまらん。給湯室から内心そそくさしながら堂々と出る。


 人の多い部屋から廊下に出たら野次馬が割といた。頭を下げて、努めて一年生的な表情を作った。慣れないことして緊張してますって感じの表情をな。

 俺はいかに減点を減らすかに焦点を置いた立ち回りばかりしているので、これぐらいはお茶の子さいさいだ。バンジージャンプの直前だって笑顔だけなら作れる自信があるのだ、絶対飛ばないけど。


「雑役生の仕事で入らせていただきました……。お騒がせして申し訳ございません」


 ぺこり。


「ああ…? 誰だ」


「何したんだ?」


 さらなる騒動でも期待していたのか、肩透かしをくらったような空気感の間を抜ける。

 ロドニーがどうなるのか気にはなるが、俺はここまでだ。もう無理です。置かれた場所で咲いてもらうしかない。第一寮というアスファルトで根を張ってくれ。


 視界の端に殿下が映った。エントランスのそばの階段に立っていて、近くにもう一人いた。赤毛の背の高い一年生。おそらく乳母兄弟のアルドリッチだろう。二人分の昼食のトレイを持っている。王族ともなれば一年から雑役生を持てるようだ。




 なんとか俺と頼れるリーダー・ニックスは無事に第一寮を脱出することができた。


 門を出て少し歩いたところにあったいい感じの木陰で、寮を出てから先導していたニックスは唐突に立ち止まった。そして90度ぐらい振り返った。横目で俺を見ている。


「ワーグナー……」


 最近ニックスの表情がわかるようになってきた気がするんだよな。これは俺に対して尊敬の念を抱いてる表情ではないか。


「今日はひどい目にばかり遭ってたが。お前……」


 違った。確かに肩ドンと首グイグイを1日で摂取するのは珍しそうな気がするな。いやはや、どこにだって碌でもない輩はいるもんですな。


「ま、君が助けに入ってくれただろ。ありがとう」


「そうじゃない」


 肩をガッと掴まれた。


「ウィルソンだけじゃない、先輩たちにも目をつけられたかもしれないんだぞ!」


「先輩に関しては君も同じようなもんじゃないか」


「何笑ってるんだ」


「いや、ふふ……何もないよ」


「は?」


 面白いなあ。俺じゃなくて自分の心配をしたらいいのに。

 こういうやつってどれくらいの確率でスポーンするんだろう。要因はなんだ。家庭環境なのか、親の教育なのか、本人の素質なのか。不思議だな。


 正直俺は殿下に肩ドンされてたら国外逃亡を図るけど、ウィルソンとかコンプトンなら避けまくったらなんとかならんかな、という面白くない思考しかしてない。こういうのってメメント・モリだっけ、ケ・セラ・セラだっけ。


「まあ、こうなっちゃったら仕方ないよ」


 真面目に考え出すとすごく億劫だからな。殿下比でマシというだけの話だ結局。どうにもいかなくなったら爆発しよ。先輩に泣きつくのが先かも。


 いじめとか嫌がらせというのは、前世じゃダチの多いやつが強かった。あいつらには取り巻きがいることを考えれば、俺のパワーは雑魚である。

 むしろ俺がニックスの取り巻きみたいになってないか……? ま、まさか…。


 何か言いたいようで言わない目の前のニックス同様に、俺もはちゃめちゃに考えごとをしていたが到底口には出せなかった。


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