第一寮③
追い出されるように下へ向かう。
ここ最近上級生どこから母からもパシられ、殿下と会ったと思ったら空気が重い。
すまんオルグレン先輩、好物を聞ける段階じゃないっす。母上もごめん、殿下は全てを拒絶する野良猫のようであるから……、俺にだけじゃないから……。殿下を野良猫呼ばわりは不敬だって? いやあくまで比喩表現なので…、国一番のすばらしい血統をお持ちで……。
太々しくなれない謙虚な俺は、普段から言い訳ばかり考えているが、学校生活に入って20%ぐらい増量している気はする。よくない兆候だが、値段は据え置きなのでお得ではある。
ヴィクトルも殿下も、願うようには何一ついかないものだ。やっぱ人間って相性とかあるよな。合わないんだと思う、シンプルな話。
でもそういう運の悪さは続くものなので、ポケットに手を入れて、もう一枚ある手紙の所在を確認しながら一階の床を踏んだ。
ロドニーの声が聞こえてきた方向に向かうと、談話室の隣の部屋から聞こえる。雑役生が使う簡易な給湯室だ。入ると数名の人混みができていて、その中心のかまどの前でニックスとロドニーが何かしていた。
「あっワーグナーくん」
ロドニーが振り返ったおかげで、屈んでいるニックスの手元が見えた。ちょうど茶色い物体に火をつけてかまどに放り込んでいた。
「なにそれ」
火起こし免許持ちの俺も知らないんだが。近寄って覗き込むと、見覚えのある形をしている。
「松ぼっくりだ。いい着火剤になる。よく野外キャンプで使うんだ」
「…………ふむ、松脂でよく燃えるってことか」
やべ、かっこいい。俺も強そうな松ぼっくり見つけたら集めとこ。
「使わない新聞とかでもいい。その上に木片を積んでいくんだ」
人混みを形成している第一寮の一年たちが「なるほど」みたいな表情をしてうなづいている。実際に大きくなっていく火を眺めながら、俺は小さな絶望を味わった。
ニックスがいる限り、俺がドヤ顔で火を起こせる機会はなさそうである。せっかく学んだのに。何か前世で悪いことでもしたのかな。速度超過とか……。
「ニックスくんがぼくたちに色々教えてくれてて」
「面倒見がいいところあるからね」
ニックスは第一印象よりも社交的でリーダー気質だ。淡々としている横顔を見て、ふと俺は思いついた。
そういえば寮の一年リーダーをそろそろ決める時期らしい。俺ん家が侯爵だと知ってるパシー先輩からリーダーになれと遠回しな圧力がかかっていたけど、雑用とかありそうで嫌だったのだ。こいつ推薦しとこ。
「先輩、全然教えてくれなくて……」
「やってるのを見て勝手に覚えろって、それなのにちゃんとしなかったら怖いんだ」
なんとも哀れな第一寮の子羊たちだ。寮によって雑役生の扱いが結構違うのかもな。ただ、旧態依然とした職人気質と見せかけて、教えるの面倒くさがっているのは子羊でもわかる。
しょんぼりと項垂れた彼らによって、どんよりとした空気が流れる。比して、後ろのかまどの火は元気に燃えていた。え、この短時間で? 松ぼっくりすご。俺の目は思わず釘付けになってしまった。
「ワーグナーくん……?」
だめだ、不審がられている。空気を読まねば。
「まつぼっ——頼れる人は誰かいないの?」
「「「…………」」」
「あっ、そ、そうなのか。ごめんね」
空気がさらに死んだ。あわわ、これは俺の失言かも。ロドニーすら俯いてめちゃくちゃ目を逸らしている。いや、こいつはもともと俺が見てたら目を逸らすか。
本当に戻ってこいヴィクトル、今戻ってきてくれ。お前は第一寮に欠かせない人材だ。どんな人材かはよく知らないけど、これぐらい悪い状況なら好転しかしないだろう。
出るだけ得だぞ。天岩戸を開けるのだ。
ニックスの視線だけを浴びつつ冷や汗を流していたら、玄関付近が一気にうるさくなって、革靴が床を叩く音が段々大きく聞こえてきた。どかどかどかって乱暴だな。
「おい! 他寮のやつが入り込んでるって本当か!?」
給湯室の元々半分開いていたドアを力任せに全開にされた。ドンって音が出ましたよ今。
「何勝手にやってんだ低脳ども!! 入ってきた馬鹿はどこだ!?」
上級生が5、6人暴言を吐きながら扉から入ってくる。名門校にあるまじき口の悪さだが、男子校と考えればマイルドな方かもしれない。
扉近くにいた不運な一年生が入ってきた先輩に押されて尻餅をついた。物理的なパワハラが今確認された。ブラックな労働環境だ。退職代行の需要が高そう。ベンチャーさん出番です。
「——初めて見る顔だな」
先頭でぐるんと見渡していた上級生の目がびたっと俺で止まった。苛立ちを隠さないまま、俺のまん前までぞろぞろ歩いてくる。
「寮の規則に書いてあんだろ。おい、まさか読めねえのか? 馬鹿なのか?」
こ、こえー。これぐらいでなんでガンギマった目をしてるんだ。ストレス耐性がなさすぎだろ。図体がデカくて短気ってそれが一番扱いに困るんだから。
「用事があっ…っう!」
腕を急に伸ばしてきたと思ったら、首元のタイを掴まれてグイグイやられる。く、苦しい。と思ったらすぐ離された。俺は少し咳き込みながら、前を見上げた。
「やめてください!」
なんと、ニックスが俺と先輩の隙間に割って入ってくれた。俺は場違いにも感心して、しみじみとニックスの背中を見上げた。
自分よりも学年も体格も大きい相手に立ち向かう、これはリーダーの背中。殿下よりもこの国を任せられそうな器をしている。……そろそろこの国の名前、変わっていいと思ってたんだよな。
「ワーグナーぐん”!」
俺の背中を摩りにきたロドニーはなんか半泣きだった。
「ロドニーこんなところで何サボってんだ!? 掃除やり直せって言っただろ! こいつらお前の知り合いか!?」
「雑役生の仕事で来ただけです」
「雑役生の仕事ー? なんのだよ」
「一年のくせに偉そうだな。お前、名前は?」
「庶民っぽいよな」
先輩方がわらわらし出したので、矢面に立っているニックスを後ろから軽く叩いて退かせた。
保険にもらった手紙を使うか。えっと、宛先は、
「コンプトン先輩にお手紙を届けてくれと頼まれたんですよ」
「は? 俺に? 誰から?」
俺をグイグイした目の前のやつが反応した。なんだお前かよ。




