第一寮
「ワーグナーくーん」
「お待たせ」
場所はわかりやすかった。なぜならロドニーが先にいたから。ニックスとロドニーは俺という架け橋によってすでに顔見知りだったので、紹介はいらなかった。
「へえ、ロドニーは教会から来たのか」
「う、うん、小さいところだけど。ぼく、ここを卒業したら、大学で学位を取って教会で働きたいんだ」
司祭の息子と軍人の息子と貴族の息子。いい感じにばらけてるな。三色パン状態だ。商人の息子でもいれば四色パンになれるわけだが……。俺は四色パンの方が好きだった。いちごジャムがあったから。
「俺も将来は軍人だな」
「僕も将来は失脚しなければ貴族だろうね」
蛙の子は蛙率が高い。この場ではなんと100%だった。ロドニーは俺が貴族と聞いてきらきらしていた。きらきらしながらすでにあった距離をさらに離された。
「だ、第一希望ではなかったですけど、ありですね……」
……?
第一寮は第四寮とは結構遠い場所にあった。似たような外観で、門のアーチには第一寮のプレートがかかっていた。ロドニーは自分の寮のはずなのに、こそこそ入った。なんで今玄関ドアに耳をつけたんだろう。
入ってすぐのエントランスに人影はなかった。
「よかった。今の時間は、先輩が出払っていることが多いんだよ」
かわいそう。
「一年生はいると思うけど……。ええと、手紙を届けに来たんだよね。あっちが郵便受けだよ」
ほうほう。眺めていたら、とある郵便受けがめちゃくちゃキャパオーバーしていた。蓋を押しのけるように、大量の封筒が無理やり突っ込まれていた。何ヶ月貯まってるんだ。
ネームプレートを確認すると”ヴィクトル・レッドフォード”。
「うわすごいな、この人か?」
「ああ、しばらく取りに来てないみたいだね」
「……っそ、そうみたい」
「横の数字が部屋の番号だよね。直接渡した方がよさそうだね。急ぎだから」
ちっ、手間がかかるがしゃーねーな、みたいな雰囲気を一応醸し出しておく。たとえ郵便受けがスッキリしてても手渡しをするつもりだったけど、理屈捏ねる必要がなくてラッキーだ。
「えっちょっと待ってワーグナーくん!」
「ありがとう、ちょっと行ってくるよ。渡したら君の仕事を手伝わせてくれ」
爽やかな笑顔を意識して、二人を置き去りにすたこら階段を登る。俺の寮と構造は似てると思う。ってことは上級生の部屋は上の階だ。
一年か二年っぽい寮生数人と鉢合わせたが、引き止められる前に笑顔で躱す。何人たりとも俺の前に立ち塞がれる者なし。
最上階の4階に上がると、廊下は静まりかえっていた。階段に近い方から部屋番号を確認していくが、ほどなくして一番奥の部屋だとわかる。とはいえ、俺は慎重派なのでちょっと不安になりますがね。
ノックをしようとして俺は躊躇した。
ノック2回はトイレの空室確認だっけ。3回が一般的なんだっけ? いや待て、国際基準では4回だったような……? それ以前に異世界の国際基準ってなんなんだ。今までは雰囲気でノックしていたが、考え出すとぬかるみにハマった気持ちになる。
相手は未来の公爵だぞ、長い付き合いになる。下手を打つとまずい。そのような責任感から”いつも通り”とやらができなくなってしまった。
賢い俺は変数の多い感情を除外し論理的に考えて、一番間違いのない道を選ぶことにした。
2と3と4、その全ての数字を含んだ数字。すなわち最小公約数——12。俺は合計12回ドアノックした。
「……レッドフォード先輩。いらっしゃいますか? あなたの従兄弟のワーグナーです。覚えておられますか?」
————……。
返事はなかった。もしかしたら中の人は扉の向こうのメ○サ確定人にドキドキしているのかもしれない。安心して開けてくれないか。もしくは血迷って開けてくれんかな。
「……!」
しばらく待って、はたと気づいた。
授業にも勉強会にも寮でも顔を見せていない。だから部屋に引きこもってんのかと漠然と思ってたけど。よく考えたらそうとも限らないか。
もしかして、いない可能性の方が高いんじゃないか? そりゃ、一人部屋とはいえ、10畳もないだろう。パシーの部屋的に8畳ぐらいだと思う。
個人の寮部屋としては十分だが、王国の誇るレッドフォード公爵家の偉大なる後継さまが、こんな狭いところでみみっちく過ごしてられないだろ。公爵邸には間違いなく、ヴィクトル専用の広いバルコニーと三つぐらいのトイレと室内プールとサウナとトレーニングルームとバーカウンターとワインセラー、シアタールームその他諸々があったに違いない。争点はバスタブが純金製かどうかだろう。
つまり、いない可能性が高い!
まさか学園内をこそこそ放浪しているのか!? くそっ無駄足を踏んだようだな。踵を返そうとした瞬間、返事が返ってきた。
「……ニール?」
声変わりの終わった低い声が、小さく聞こえてきた。まあいるだろうなと思ってたよ。
「はい、ニール・ワーグナーです。幼い頃に一緒に川遊びをしたことがあるのですが、覚えてくださっていますか……?」
ちなみに俺は覚えてない。
「…………うん?」
「お、覚えてないですか?」
「君のことは覚えているけど……」
じゃあなんなんだその不穏に長い間は。お前が覚えてなかったら、俺も覚えてないんだから血が繋がっているだけの赤の他人なんだぞ。初めましてからやり直さなきゃいけないんだ。
「君のことは覚えているけど、」
なぜかヴィクトルはもう一度反復した。
「一緒に川遊びをした覚えはないよ」
「あえっ? あ、あれ? そ、そうなんですか?」
「私に気を遣ってそんな言い方をしているのなら、今すぐやめてくれ」
「いやっそんなつもりじゃ」
母上どのー!? 息子に適当なホラを吹かせやがった。どうりで覚えがないと思ったらしてなかったっぽいじゃねーかどうなってんだよ!




