クラスメート②
否定しない俺に反応したのはニックスだった。
「お前貴族だったのか? どうして言わなかったんだ」
「それは……えーっと、別に大したことじゃないからね」
だって自慢できることかもしれないけど、自分から言うとリスクが生じるだろ。
「すごかった先祖に便乗してるだけじゃね? お前はなんかすごいの?」とか言われたら、今の所テストで百点取ったぐらいしか返せないし。確実にレスバ負ける。領土拡大とかしてからじゃないと……。
みんなあまり気にしないのかな?
「だからパシー先輩によく呼ばれていただけなのか?」
「それはあるかもね」
「目をつけられて大変なんじゃないかって思っていたけど」
ニックスがそんなこと思っていたとはびっくりだ。あの先輩、貴族だから逆に気を遣わなくていいみたいな考え方をしてきそうなやつではある。
「ジューンベリー相手にはいじめも全部揉み消されるって聞いていたんだ」
おいおい何を言っとるんだ。雑役生制度自体が下級生へのいじめだろ。
「……そんなことされてないよ。心配はいらない」
本音を押し殺した俺の返答にニックスは渋い顔をした。「本当に何もないならいいけど」
それからウィルソンの自慢話が教師が入ってくるまで続けられた。
お家の歴史や国に対する貢献度、贅沢な暮らし、最近はブランド鶏の出荷にも力を入れているらしい。豚肉がおいしいなら鶏肉もおいしいかもしれない。美味しい肉は大歓迎なので喜んでおいた。うちの領まで届かんかな。母さんに手紙でお願いしてみるか。
近くに座ったウィルソンたちの会話を盗み聞きしてみたが、嫉妬とは恐ろしいものである。こそこそとだが、確実にアルドリッチをボロカスに言っている。
さらに恐ろしいことには、そんなことを言っているのはウィルソンだけじゃないということだ。というか、勉強会自体が学食でも他の教室でも、話のネタの何割かにはなっていた。
「あいつがジューンベリーの館に入ったって言ってた」「嘘だろ」「なんであんなやつが」「そういえば第10寮の——が態度デカかったけど、今日は何も言わなかった」「——程度が選ばれるわけ」
腐敗した貴族の象徴ではなくて憧れ的な眼差しを向けられているのは嬉しい誤算だった。思っていたよりも学内で権力があるのかもしれない。権力って魅力に繋がるからな。
しかしそのせいで妬み嫉みが井戸端会議よりも頻出している。これがティーンエイジャー♂の会話なのだろうか。
来週にはこの矛先が俺に向かう可能性があるのか。なんとか来週までにドッヂボールか巴鬼かさ流行ってくれないだろうか。サッカーでもいい。休憩時間に噂話するより、グラウンドに突撃する方が子供の発達にいいと思う。
本日最後の授業がようやく終わった。終礼のあとはそのまま生徒はだらだら解散する。
掃除をしなくていいってわかってるけど、教室の汚い床を見るとムズムズする。ぐわー前世の呪いが! 誰のか知らないが、目立つ紙ゴミが転がっていたのでうっかり拾って、自分のものと一緒にそのままゴミ箱に入れた。
それを見ていたらしいウィルソンが取り巻きを引き連れて近寄ってきた。まさか数学以外でも同じ教室だったとは。
「貴族だというのは俺の勘違いだったのか。使用人の真似事をして。それともただの貧乏貴族か? アルドリッチと同じように」
「いや……」
こういうときの返事にちょっと悩んでしまうのは前世持ちあるあるだと思う。今世は人という漢字の左側だが、前世はどちらかというと右側だった。その感覚が抜け切らないおかげで今のバブリーな生活についつい懐疑的になってしまうのだ。
俺がちらっと視線を逸らしたのが悪かったのかウィルソンはますます調子に乗った。そしてなんかパシャって俺の前でばら撒いた。
「ああーっ」
お菓子の包装紙だ。こいつら授業中にお菓子食べてたのか。俺だってまだしてないんだぞ。
「そんなにゴミ拾いが好きなら、俺たちのゴミ拾い係でもしてくれたまえ。そしたら君のこと気にいるかもしれないな。あはは」
そして俺の肩にドンして去っていく。
びっくりした。本当にあるのか、こんな感じの嫌がらせ。どうするんだお前、若い身空でそんなしょうもないことばっかして。故郷の豚が泣いてるぞ。将来導いていくんだろ?
「大丈夫かワーグナー!」
俺がウィルソンの将来をハラハラしながら心配していたら、別の教室にいるはずだったニックスが清掃人を連れてきてくれた。テキパキと処理される。感謝して見送った。
「ウィルソンと何があったんだ?」
「ゴミを拾ったら目をつけられたんだ」
「なぜゴミを……いや……」ニックスは眉間を揉んだ。家だといつのまにかOKだったんですよ。
「だからお前をあんな馬鹿にしていたのか」
「聞こえていたのか?」
「教室の外から見ただけだが、雰囲気でわかった。……ウィルソンはでかい貴族なんだろ、まずいんじゃないか?」
ニックスは心配してくれているらしい。ウィルソンを見た後だと眩しい。表情筋以外健やかだ。子供はこれぐらい健康な精神を持つべきだろう。
「おいおいなんとかなると思う」
「おいおいってなんだ」
「ま、なんとか、なるんじゃないか?」
もしいじめが起こったとして、止め方の正解ってあるのか? 知らないんだけど。
「……とりあえず、あいつらを避けとけよ。できるだけ一人にならないように」
「ああわかった」
正直、心配というより困惑の方が強い。今まで箱入り息子だったおかげで、こんなはっきりとした上流階級の子供の鞘当てに初めて遭遇したからだろう。前世遭遇したものと違って、この斬新な目のつけられ方は新鮮味を感じる。
ガキの頃から目の前のやつじゃなく、その後ろばっか見ていたらこうなるのか。
続くようだったら面倒だ。
「来てくれてありがたいんだけど、今から僕ロドニーと用事が」
「ああ、知ってる。俺も他の寮が気になってたんだ」
ニックスが第一寮までついてきてくれるらしい。部活は大丈夫なのかと思ったけど、待ち合わせ場所が難解だったので俺は断らなかった。”裏庭の奥の池の向こうの垣根のあのっ奥まったところ”ってどこだよ。
道すがら俺は一縷の望みをかけて尋ねた。
「ニックス、ドッヂボールって知ってるか?」
「なんだそれ?」
「巴鬼は?」
「ともえおに?」
俺の願いは儚い。




