クラスメート
定位置になりつつある窓際の席に座ると、先にいたニックスに内容を聞かれた。
「あー、先輩から第一寮の人宛に手紙を送れって言われてね。でも第一寮がどこか知らないから……」
「パシー先輩か? ワーグナー気に入られてるよな」
「うん」
はたから見てもよくパシられているように見えるらしい。
「ニックス、今パシー先輩って言った!?」
「第四寮の先輩だよな?」
先ほどから、ちらちらとこちらを気にしていた前の席の二人が、急にがっつり振り向いてきた。ニックスの方へ。
「そうだけど」
「四年のアルフレド・パシー先輩だろ? ジューンベリーの人じゃないか! すげえ」
「話聞かせてくれよ」
俺はパシー先輩に上の名前があったことを思い出した。勉強会(笑)の参加者にそんなおしゃれな呼び方があるとはな。というか、もしかして好印象なのか? 悪徳貴族の集いとは思われてない感じ?
「うちの寮にはいなくてさ。やっぱすごいオーラとかあるのか?」
「名門貴族さまー! みたいな」
盛り上がっている。お隣が盛り上がってるってちょっと気まずい。開いている教科書を読んでるふりをすべきかな。残念、数学だった。
俺は諦めて、頬杖をつきつつ堂々と聞き耳を立てることにした。
エイデン校には、貴族やジェントリといった上流階級を出自とする生徒が2割ほど存在する。昔はその割合はもっと大きかったらしいが、中流階級の台頭と生徒数の増加で減っているのが現状だ。
割合が減ると、珍獣のような目を向けられるのは上位貴族も例外ではないようだ。そのうち絶滅危惧種になるから保護して欲しい。
俺はぼーっとしながら、受け答えをしているニックスを横目で見た。
「いやうむ……、優雅な先輩だとは思う。ワーグナーの方が詳しいぞ、ほぼ先輩の雑役生みたいなものだから」
「えっそうなのか? ワーグナーが?」
なんか投げられたんですけど。ニックスに釣られて、話したこともなければそもそも名前も知らない、男子生徒が二人期待した目でこちらを見ている。
前世ではお馴染みの入学式初日、教室で行われる自己紹介とかこちらでは何もなかった。科目ごとに教室とクラスメートもコロコロ変わるし、俺と積極的に会話してダチになろうという志の高い奴は今のところ見当たらない。
自分から話しかけないと友達なんてできないと教わったけれど、でも話しかける奴がいるってことは、話しかけられて友達を作れる勝ち組も半数はいるわけだ。
そういえば……ニックスって、最初俺から話しかけたよな。
「パシー先輩がジューンベリーの人だって、みんな知ってることなのか?」
俺は勉強会行って知ったんだけども。
好奇心の眼差しを無視して、自分の興味を優先することにした。これが友達が少ない原因につながる? そんなせせこましいはずが……。
「ええー、そんなのみんな知ってるよ!」
「ひえ」
「ひえ?」
「げほげほ、ごめんちょっと蒸せた」
その”みんな”というゆるふわ集合知に俺が入ってなさそうで泣けますね。
「学校でみんなが話してるし、新聞部が出す広報とかでもメンバーが紹介されてるからね。ワーグナーくんは見てないの?」
「そんなのがあるのか。じゃあ、王子殿下やテューダーくんが入ったってことも新聞部とかが取り上げているのか?」
「発表が許可されるのは来週明けだって。新聞部の先輩が言ってた。だからまだ噂なんだけど」
「へえ、どうして来週なんだ?」
おいおいそんなルールまで作ってあるとは。でもルールってのは破るためにあるんじゃないのか。パパラッチどもめ根性が足らんな。
「昔、彼らを勝手にスクープしたら実家が潰された部員がいたらしくて」
「おお……」
聞かなかったことにしよ……。
「殿下とテューダーくんが入ることは決まっているようなもんだろ。あとは、アルドリッチも言われてるよ。殿下とずっと一緒にいるし」
当たってるけど、言わない方が面倒が少なそうだ。会員とはいえ実家潰される可能性があるし。
「でも家は子爵なんだっけ? 俺たちからしたらすごいけど……」
「——でも、名門じゃないよね。事業もやってない貧乏貴族だろ」
「ウィ、ウィルソン!?」
「王族さまの幼馴染ってだけででかい顔してるよな」
急に混ざってきた生徒が、目の前の特に性格が悪くなさそうな奴らのセリフに性格の悪い下の句をくっつけた。目を見張る蛮行だ。
前の席の二人は慌てた様子で、そいつを見上げた。俺もつられて視線を送る。
ウィルソンは小太りな体に、つるりとした顔。絵に描いたようなボンボンな見た目をしていた。良くない感情の乗った笑顔を浮かべている。
「アルドリッチが呼ばれるぐらいなら、伯爵家の俺が呼ばれるべきだ。君たちだってそう思うだろ?」
「は、はははは……」
「ウィルソン……。君が入るんじゃなかって噂ももちろんあるよ」
前の二人はめちゃくちゃ作り笑いしてる。ウィルソンという家名、俺と同じ年齢。俺の優秀な記憶の中の貴族名鑑には乗ってたな。たしか豚肉の名産地だ。
顔を合わせたこともなかったが、このシルエット……教室の前の方でよく群れて騒いでいたような。今だって後ろにぞろぞろと子分を引き連れていた。殿下以外も取り巻きを作っていい法律があったのか。
目があったし、あいさつはしておこう。俺は手を差し出した。
「初めましてウィルソン、ブルムヤードのハムをよく朝食に食べてたよ」
「ああ、どうも。よく知ってるな。お前も貴族か? 名前は?」
「ワーグナーだ」
「ふーん、ワーグナーな。……ワーグナー。……?」
聞き覚えでもあったのか、ウィルソンは沈黙した。でも結局思い出せなかったらしい。貴族の子供といえど、自分のご近所さんやがっつり関わりのある家門以外は覚えていないもんである。
俺も前世じゃあ、華族とか一つも知らないまま終わってしまった。自分に関わりがないからね。こっちの世界でも最近は古臭い貴族より、有名な百貨店の方が認知度が高い。そもそも苗字って被るしな。認知して欲しかったら自己申告が割と大事だったりするのだ。ウィルソンのように。




