案内役
「……」
余計なことまで思い出してしまった。
「ワーグナー? ぼーっとしてどうしたんだ?」
「最近食欲がないよな。昨日の夕食もほぼ手付かずだったし、もしかして体調悪いのか?」
「いや、大丈夫だよ。少し考え事があるだけ」
「しっかり食べないと元気が出ないぞ」
「栄養は足りてるよ」
しっかり食ってんだよなあ……。むしろ食べ過ぎなところではある。全く不可抗力ながら。
今のところ”勉強会”のことは話す気にはなれない。エイデン校の理念と真っ向勝負しているところだからね。悪徳貴族の一員と思われかねない。
確かに将来的に悪徳貴族になる予定ではあるが、バレないように頑張るつもりだし、虐殺行為はNO。そして今の俺はただの善良な一般生徒にすぎない。冤罪は御免こうむりたい。
俺は視線だけきょろきょろと周囲を見渡した。
そういえば、ミサの時間は全校生徒が聖堂にいるから、ヴィクトルも——は、いないだろうな。あ、でも殿下はいるわけだ。俺の心にミーハー魂が芽吹いてしまった。
「ニックス、レニング、殿下がどこにいるかわかるか?」
流行りには便乗したい。世が世なら写メしてハッシュタグ付きでSNSに載せたい。
「うーん……近くにはいなさそうだよ」
「全く見えん」
背の高いニックスも、上級生ほどはないからな。
基本的にこの学校は、学年が低いと肩身が狭い。朝のミサだって一年生は空いている場所にバラバラに突っ込まれるのだ。食堂と一緒で指定席などない。年下にこそ優しくするべきじゃないのか。子供のありがたみを思い知るには少子高齢化が必要なのだろうか。
「殿下ってどんな外見なんだ? 全然見たことないんだ」
第一寮に鉄砲玉することになるので、事故らないよう顔ぐらいは確認しておきたい。見つけるのを諦めて、目撃者から情報収集することにした。
「金髪だよ。ヴァッセンハルトの直系だからな」
「不機嫌そうな雰囲気をずっと出してるよ。神学の授業、殿下とテューダーくん被ってるんだけど、この前すごい言い合いになって先生から罰則喰らってたんだ」
「なるほどね、お近づきになりたいけど、なりたくない感じだね」
人は矛盾を抱えた生き物である。
先輩の話も合わせて総合すると我が国の第一王子は金髪で不機嫌で気の小さいやつらしい。厳しい道のりだが、将来のことを考えると取り巻きポジにはなっとかねば。
テューダーくんとは、もう一つのホットな新入生、枢機卿猊下の息子のことだろう。聖職者の家系のくせに喧嘩っ早いのか、嫌ですね。だがこちらも積極的にゴマを擦りにいけと両親からテレパシーが届いてる気がする。
「そんな感じでも貴族とか大金持ちの生徒がついて回っているから、眺めるぐらいしかできないけど」
「へえ」
すでに取り巻きが形成されているらしい。みなさん素早いな。俺が出遅れすぎなのか。
ミサが終わって一気にがやがやし出した聖堂内を、もみくちゃになりながら歩く。次の授業があるからみんな慌ただしい。
出口でレニングと別れて、ニックスと一限目の教室に向かう。
さて、手紙はもうできている。オルグレンからヴィクトル宛に心配の手紙と、それを見咎められたときようの第一寮の何某に宛てた手紙だ。何某宛は、パシー先輩が書いてくれた。ちょっとやばい状況でも有耶無耶にできるらしい。なんだそれ。
あと足りないものは、俺を第一寮まで連れてってくれる生贄である。
数学の教材を抱えて教室のドアを開けた。目当ての生徒はすぐに見つかる。視線が合うからな、なぜか。バカもハサミもホラー要素も使いようなのだ。
「おはようロドニーいい朝だね」
今まで軽く手を上げるだけだったが、今日は彼の席まで出張してみた。
「おふっ!? おはようワーグナーくん!」
ロドニーはこの授業ではぼっちのようだった。一人で席に座っている。
入学デビューに失敗したのかもしれない。
俺もまあ……失敗してるわけじゃないけども。今のところ友達がニックスぐらいしかいなさそう…というのは、ま、まあ気にしなくていいと思うんだけども。ぼっちではないからね。ニックスは友達がたくさんいるけども。あいつ口数少ないのにな。今だって知らない奴と気さくな挨拶をしている。別に羨ましいわけじゃないけど。ふーんって感じ。俺の精神が大人すぎるから、子供と馴染むのが難しいんだろうなやっぱ。
だがまあ、止むに止まれぬ事情はあれど一面的な見方をすれば、”入学デビューが成功だとは言えない”。……うーん、でも忌憚なく言わせてもらうとそもそも俺は本心じゃ成功したいと思ってるわけじゃないんだと思う。多分、全然。
でも、そういう私情を置いておくなら、これがロドニーと俺の共通点と言えるだろう。それを自覚することが大事だ。お互いに似通った部分があれば距離を詰めやすいというからな。
先入観なしで相手と同じ視点に立とうとする、これがコミュニケーションの最初の一歩ではないだろうか。
「この前、君に頼み事をしたんだけれど」
「ああっ、ごめんね! ま、まだできてなくてっ」
「うん、いいんだ。大変なことを頼んでしまったと後悔してたんだ。だから内容を変えたくて」
「……変えるって?」
「僕を第一寮に案内してくれないかな? 僕の寮の先輩から第一寮の先輩宛てに手紙を届けなきゃいけなくなってね」
「案内っ?」
ロドニーは大きく口を開いて丸メガネの奥の目を丸くさせた。
「時間はいつでもいいんだけど、できるだけ早めがいいな」
「ははは早めっていうと、どれくらい?」
「今日とかかな」
「早いね!」
「うん、でもロドニーにしかこんなこと頼めなくて」
「ほあっ僕だけ!?」
ロドニーは胸を押さえて蹲った。俺は知り合いが少ないからな。
「わ、わかったよ! で、でもでも……じゃあ午後の授業が終わってからでいいかな?」
「もちろん」
共通点があれば仲良くなれるというのは本当らしい。なんかスムーズにいった。なのに物理的な距離は近づかず、離れていっている。こいつはなんで後退りながら会話をするんだ。
「どこ集合にする? ロビーでいい?」
「目立っちゃうからっ、えーっと、えっと……裏庭の奥の…池の向こうの……っ垣根のあのっ奥まったところ」
「わかったありがとう」
裏庭に行ったらわかるだろう。
話終わるころにはロドニーは教室の一番後ろの壁にくっついていた。追いかける俺の身にもなってほしいところ。俺が脅してるみたいに見えないか?




