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ブラックな寮


 門のそばの事務室の窓口で俺の心の籠った手紙を引き渡す。


 部屋を出ようとしたら、早足の誰かにぶつかった。

 いてて、尻餅をついてしまった。けつが痛い。よろよろと立ち上がり、まだ転がっている相手に手を差し伸べる。

そいつは大量の手紙を抱えていたらしい、紙吹雪のように周囲に手紙が散らばっていた。


「すいませ……ん? ロドニー?」


 ぶつかった相手はパワハラ被害者疑惑の眼鏡少年だった。


「わ、ワーグナーくん…!」


 ロドニーは俺の差し出した手を取ろうとして、なぜかはっとした表情をして制服の裾で手を拭って、もう一度手を取ろうとしたけどしばらく固まったあと、周囲の手紙を拾い始めた。


「は?」


 声には出たが表情には出さずになんとか耐えた。とりあえず俺も拾う。業者みたいな量だな。差出人をさり気なく確認するとばらばらだった。またパシられているらしい。


「あ、ありがとうワーグナーくん! ごめんね」


「いや僕もぶつかって悪かったよ」


 拾い集めた手紙を職員に押し付けている間に、適当な椅子に座って彼に対して一番気になっていることを聞いてみた。


「君の住んでるブラックな寮はどこなんだ?」


「? ブラックな寮って何?」


「労働条件的な意味でね」


「??」


「ちなみに僕は第四寮だよ」


「あっ知ってるよ! ぼくは第一寮なんだけど……」


「ってことはレッドフォード先輩は知ってる?」


 こんなところに足掛かりが。親切はしておくもんである。


「……うーん、聞き覚えがあるような。先輩たちが言ってたのを聞いたことあったような…、どうかな」


「……」


 めちゃくちゃふわっとしてた。こういうのって、他人の会話にどれぐらい関心があるかどうかにもよるよな。第一寮の面々が日常的にレッドフォード先輩って言いまくってても興味がなかったら素通りしていてもおかしくない。もちろん、言ってない可能性だってある。

 俺は不安な心を奮い立たせた。


「寮替えしてなきゃいるはずなんだよ。最上級生のはずなんだ」


「そ、そうなんだ? 聞き逃してるのかも……色々考えたりバタバタしてるから」


「君は忙しそうだからね」


 哀れなことにそれ以前の問題だった。そんな君に、頼みがあるんだけども……。


「そのレッドフォード先輩に、言伝を頼まれてほしくて。従兄弟のワーグナーが会いたがっていると伝えてくれるだけでいいんだ。他寮だから会えなくてね」


「えっ」


 ロドニーの目の下にうっすらと隈が見えるが心を鬼にして俺は言い切った。俺は90%ぐらいが良心でできている人間なので胸が痛い。


「その代わり、君の頼み事をなんでも一つ聞くから!」


 強引に握手をしてブンブン振る。第一寮の知り合いなどこいつしかおらん。この期を逃すわけにはいかない。


「わ、わわわかったよ!」


 ロドニーはちょっと顔を赤らめながら言った。


 「ワーグナーくんのお願いなら、そんなこと言わなくてもなんでも聞くよ。きっとすごい意味があることなんだろうし」


「お、おう」


 なんかちょっと後ろめたいな。まあ意味はある。俺の将来にとって多大なる意味が。

 手紙の配送手続きが終わって、ロドニーと今度こそ事務室を出た。


「ありがとうワーグナーくん。ぼくなんかにもいつもこんなに親切にしてくれて」


「大層だなあ。さっきぶつかったのはどちらが悪いってものでもないよ」


「ワーグナーくん!」


 そう、つまり俺は悪くない。たぶん俺はちゃんと前見てたと思う。前方不注意? 知らないですね……。スピード違反はロドニーの方だと思…だよね。


 寮が違うのでいいところで別れる。俺は深い意味もなく場を繋ぐ程度の気持ちで聞いてみた。


「日曜日なのにファグの用事で忙しそうだね。他にもまだ何かあったりするのか?」


「うっうん。えーっとね……」


 ロドニーは落ち着きなく胸元から小さな手帳を取り出した。そして半分くらいめくり慌てた。


「あっ先輩の罰則を代わりにやらなきゃいけないんだった!」


 そう言ってロドニーは小走りで去っていった。






 俺はジューンベリーの館に2度目の訪問をした。授業終わりにそこそこ遠路はるばるやってきたのだ。夕方のおやつタイムに。


 そして目の前のケークサレに舌鼓をうった。パプリカとハムのケークサレ。ケーキではない。おしゃれだ。絶対にいい食材をつかっているだろうという事実が、おいしさに補正ポイントをつけてくる。


 繊細な風味とビリリと効いた黒胡椒のコントラスト、これがアンニュイな俺の心と窓から入ってくる夕日の角度との微妙な相関性を表現しているように思える。高得点ですね。俺は料理評論家に適性がある気がしてきた。


 目の前には前回同様パシー先輩がいた。ここに来たらいた。この先輩結構面倒見いいなとは思うけど、紅茶の蒸し時間にうるさいんだよな。おかげで心証はプラマイゼロだ。

 俺は雑談の中で日曜日に見た哀れなロドニーの概要を先輩に話し、意見を求めた。


「先輩の罰則の代行って言っていました」


「その言い方じゃあ、寮内の罰則じゃなくて授業での罰則だろうね。鞭打ちとか書き取りがあるけど、鞭打ちの代行はさすがに不可能だろう」


「書き取りって、同じ詩を何百回も書く罰則のことですよね?」


「そうだろうな。僕もやったこと何度かあるけど手首と肘がいかれるんだ」


「そういう罰則も雑役生が代わりにやったりするんですか?」


「いや、雑役生制度でもさすがにそれは想定されていないよ。自分の罰を他人がやったら意味ないだろう。そういうことが起きないように監督生がいるんだよ。うちの寮だって重い雑用をさせないように見張ってるよ」


「さすがです先輩」


 ほー、うちってホワイト寮だったのか。歓迎会のときアットホームアピールされたからちょっと怖かったんだけども。前世の感性に引っ張られすぎたかな。


「でも監督生が機能しなくても、寮監教師とか大人がいるはずじゃ…」


「将来他人の上に立つ人間が集まっている学校だろうここは。そういう理屈で、弱い立場に甘んじている生徒に同情してくれる教師は少ない」


「なるほど、弱肉強食ですか」


 それに教師だって我が身可愛さに、怖い親がいる生徒のことは贔屓したり、悪いことしても見て見ぬ振りするだろう。

 これだから子供に権力を持たせたらろくなことにならないのだ。同じ釜の飯を食べたとて、全員に絆が芽生えるわけではない。釜の力を過信しすぎるのも危険である。


「とはいえ、エイデン校は出自に関わらず、教育や寮生活では公平さを貫いているのに……。弱者への一方的な搾取は違うんじゃないですか。この崇高な教育理念が伝わっていない人たちもいるんですね」


「悲しい事実だよ」


 俺とパシー先輩は一般には解放されない会員限定クラブで、特別に提供される軽食と紅茶を嗜みながらしみじみと言った。

 そもそもエイデン校の学費は高い。欺瞞だ。舌が何枚かある。でも舌もベ○マークもなんぼあってもいいですからね。


「でも、これが起こったのが…」


 俺は室内にすばやく視線を走らせた。殿下たちも今いないからここに第一寮のメンツはいないはず。だが念のため、パシー先輩にしか聞こえないよう声を潜ませた。


「——第一寮らしいんです」


 パシー先輩は思ったよりも冷静な反応を見せた。


「じゃあ、レッドフォード先輩は寮でも引きこもっているのかもしれないね。先輩は優しいから新入生がそんな扱い受けているって知ったら普通なら止めに入るはずだから」



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