手紙
いい時間だったので食堂へ足を向けた。
がらがらである。カウンターにはパンが積まれた大きな籠が置かれていた。
適当に二つ皿に乗せていたら、籠の横にペンと紙が置かれていることに気づく。夕食が欲しい人は名前を書いておけということらしい。俺は他に宛てもないのでとりあえず名前を記入した。
ぱさついたパンを温め直さずもそもそ食べて、郵便受けを確認する。便箋がまた入ってた。
そうなのだ。したいこととは……、手紙を書くことだ。本心ではしたいわけでは断じてないんだけど、母親から下された命令は遂行しなければならない。この時代、この身分、反骨精神の果てに失うものがありすぎる。俺に弟がいるから万が一ということが起こり得る。
長子相続が基本の我が国で、次男に家督を譲らされた長男の予後がどうなるのか。想像するだに恐ろしい。両親には従順でいた方がいい。
武者奮いしながら部屋に戻ると、奥のベッドで寝ている奴が立派ないびきをかいていた。
「……」
俺は溜まっていた便箋を抱えて、寮内の小さな自習室に移動した。
とりあえず母から来た手紙を読んでみる。
”私の大切な天使、ニール”から始まっているが、内容は心配もそこそこに、その大切な天使の仕事の進捗を伺うものだった。俺の母は小間使いを天使と呼ぶらしい。
ヴィクトルはどのような調子であったか。親しくなった同級生や先輩の家名は何か、勉強会はどうか、王子殿下と会ったのか。要約するとそのようなことばかりだ。チベットスナギツネになりながら並行して返事を書いていく。
ヴィクトル兄さんがどこの寮にいるかをどうにか突き止めることができました。勉強会は先輩方は皆優しくインテリジェンスと高潔さと節制に溢れています……。
ポジティブな返答が大事だ。俺の将来の幸福への投資のために。
”——そういえば伝えるの忘れていたけれど、クッキー缶はちゃんと勉強会の皆さまにお届けできましたよね”
「言っておけよ!」
よねってなんだよ、してねーよ。どうやら最初から大事な息子への餞別ではなかったようだ。俺の腹に入らなくて申し訳ないなとか思ってたのに。やけに豪華だったのはやはりそういうことだったのか。
「あのクッキー缶は僕の学生生活のとても大きな助けになりました。と」
ポジティブだけじゃない、嘘を書かないことも大事だ。そして真実を書かないことも同じくらい大切だ。
あとは送って欲しいもの。小遣い、お菓子、肉、インク、寮の石鹸が合わないので、家で使っていたのが欲しいな、それからそれから……。
長々書いても空白が目立つので、締めに今年度の抱負も書いておいた。友達を100人作るのだ。
三つ下の弟からは、両親には話せない愚痴めいた手紙が届き、5つ下の妹からは日記のような手紙が届いた。一番古いものの日付を確認してみれば、俺が家を出た当日から送ってきてた。何をしてるんだ。半分くらいの日記には弟にいじめられたと書かれている。何をしてるんだ。
「俺は頼れる兄貴しすぎたのだろうか」
頭をガシガシ掻いた。弟のいじめといっても悪意はなく、深刻ではないことはわかってる。だが、弟には注意しといた方がいいし、妹には自分が味方であることを伝えといた方がいい。そして後でこっそり弟には別の方向から歩み寄り、俺への求心力をあげておいた方がいい。二枚舌外交である。
そして下の兄妹から尊敬の念を集める立派な長男の姿を両親にしっかり見せること、ここが肝要なのだ。
だが、子供の気持ちなんて犬猫の気持ちぐらい俺にはわからない。延々にお茶を濁しながら調子のいいことをそれっぽく言い聞かせ続けているだけだった。
今回はとりあえず弟には大人になれと促しつつ、俺の書斎の入室許可を出し、妹には俺が家に帰ったら馬に乗ろうと提案してみた。領内の邸宅から遠く離れた場所にいる兄にはあまり期待しないでくれ。良い思い出だけ持ってそこそこ忘れといてくれ。俺が帰る数日前ぐらいからぼんやり思い出し始めてくれ。
あとはもう一枚、これは俺から始める文通だ。
メレディス・フランベルツ嬢へのお便りを書かねばならない。
彼女は俺の同い年の幼なじみで、婚約者ではない。だが、大人の空気感を読み取るに婚約者候補ではある。特に問題が起きたりしなければ、「この二人でコンビ組ませよか」筆頭だ。
俺は前世が影響しているせいか、今のところ姪っ子ぐらいにしか思えないんだけども。一体俺は何歳で何が原因で死んだんでしょうね。探偵ものではないので、5W1Hは永遠に埋まる気がしないのが残念だ。
この体と同じ年齢の少女にときめかず、弟の家庭教師にときめいてしまったのは、前世の年齢が影響しているのか。もし若くして亡くなってたら、単なる熟女好きの可能性が出てくる。でも男児って綺麗なお姉さんに惹かれることも多いから、単純に肉体年齢に引っ張られているだけ? いやはや、自分のことなのに性癖すらわからないとは、転生は難儀なものだなあ。
やれやれだぜ。
最後にインテリジェンスをひとつまみ。最近話題の新進気鋭の詩人ファーベルの詩から一説を引用して締めた。母にねだって朗読会に通い詰めるほどメレディスは詩が好きらしい。気の利く貴族男子ニールくんに抜かりはない。
そういえば母がフランベルツ嬢宛ての住所として記載していた場所は見覚えのないものだ。首都東郊に、彼女の家の別荘なんかあったっけ? 親戚の屋敷に泊まっているのかな? まあなんでもいいか。
学校の外へ送る手紙は寮監室が受け取って校門まで運んでくれるらしいが、気分転換も兼ねて校門まで自分で運ぶことにした。俺は赤いポストに投函するよりも郵便局に直接行った方が早く届くんじゃないかと考えるタイプだ。
休日昼間の校門前は平日とは打って変わって生徒が屯っている。そしてでかくて重厚な門を出たり入ったりしている。
新一年の俺はまだ許可が降りないので、僻んだ眼差しを向けることしかできない。俺は無力な籠の中の鳥。




