97話 ~終わりの宴~
「それがいいところでもあるんですが……すみません。命の恩人相手に」
「いえいえ、とんでもない。もうお体はすっかり大丈夫そうですね」
「ああ、おかげ様でな」
「よかったです。今後は、お嬢様を悲しませないようにしてあげてくださいね?」
「おっ……あ、ああ」
面食らう三人にニッコリと笑みを返してから、手を振って別れを告げる。
そろそろエリアスとヴィルクリフの方も一段落ついているか、と思い振り返ってみるが、
「ふむ……これは、まだまだかかりそうじゃのぉ」
「ですねぇ……」
二人はまだ、商人や旅人にもみくちゃにされている。
耳をそばだててみると、感謝されているだけではなく、傭兵として勧誘されたり、酒の席に連れて行かれそうになっているようだ。
「なるほど、傭兵か。危険な旅路では、実力者に守ってもらえれば安心じゃからのぉ」
「あれ、収拾つきませんよね……どうします?」
「もうじき夜も明けそうじゃ。せっかく英雄扱いされておるんだし、まあ、楽しんでもらえばいいんじゃないかのぉ」
「そっか……そうですね」
ここに来るまで、ずっと逃げて、逃げて、時には戦っての日々だった。
礼を言われたり、酒を勧められている二人は、困惑しつつも嬉しそうだ。
遠巻きに見つめるこちらに気づいたのか、ふと、彼らの視線が向く。
ニヤッと笑ってブイサインを送り、言った。
「ゆっくり楽しんでください! 私たちは、建物に戻ってます!」
そして、テルルと共にサッサと退散しようとした。しかし、
「いやいやいや、なに言ってんだよ、なあ?」
「そうよ。ほら、こっちに来なさい、二人とも!」
「えっ……えぇ!?」
「な、なんじゃ!?」
ヴィルクリフがあまりにも素早い動きで生垣を抜け出すと、そのまま右手で私を、左手でテルルをガシリとつかんだ。
「なーに、オレたちを生贄にして逃げようとしてんだ? お前らも巻き添えだっ!」
「えっいやでもっ、ほら、コウモリの魔物のお相手したのはお二人ですし……!」
そう言って固辞じようとした私の頬をぐにっと引っ張って、ヴィルクリフは大きな声で言った。
「なーに言ってんだ! 水くせぇだろ! 第一、おれたちだけが歓迎されたって楽しくねぇ」
「……ヴィルクリフ、お主」
テルルが、わずかに喉を震わせる。
粗野な面を見せるヴィルクリフだが、心意気は熱い男だ。
「ヴィルクリフさん……その、ありがとうございます。じゃあ、せっかくだし」
と、やや遠慮がちに頷くと、バンバンと私とテルルの背を叩いた。
「遠慮すんじゃねぇよ! ほら、さっさと招かれるぞ!」
「……あっ! 三人とも、抜け出してなにしてんの! こっち、こっち来て!」
一人、皆の輪の中でもみくちゃにされたエリアスが、ぎゃあぎゃあと悲鳴じみた声を上げている。
すでに、商人たちが用意したらしい食料や酒が並べられ、宴会の体が整っていた。
「ふむ、せっかくのお呼ばれじゃし、行くとするかのぉ」
「おお、こいこい。ほら、ハナ。あれだけ商人やら旅人やらがいりゃあ、ちっとは着られるマシな服もあるかもしれねぇぞ?」
「うぐっ……そ、それはたしかに……!」
着られるマシな服。
なんとも魅力的な響きに、後ずさりかけた足が止まった。
「次の町まで、けっこう距離があるんだってよ。食って休んで、英気を養っとこーぜ」
と、ヴィルクリフに引っ張られるように宴の中心に放り込まれた。
魔物に襲われ、無事助かって、こうして皆で騒いでいる。
前の世界では、けっして体験できなかった経験だ。
(死んでしまった……いや、殺されてしまった人もいる。だから、本当だったら、騒ぐのは不謹慎かもしれないけど……)
コウモリの魔物に殺された人たちの遺体。それが安置された場所を、そっと見る。
すると、彼らの身内しき人たちが、亡くなった人たちの体に布を被せ、その傍らに酒と食料をささげていた。
「おお、嬢ちゃん! こっちのことは、気にすんな。死んじまった奴らは……悔しいだろうし、無念だろう。でも、生きているおれらまで、暗い気分でいちゃいけねぇ」
私が見ていることに気づいたらしい男性が、酒を持ち上げ、豪快な声で言った。
「こうして旅してると、死とは隣り合わせだ。知り合いが死んじまうのは辛ェ。でも、だからこそ、生きてるおれらは笑ってがんばってがなきゃならねぇ」
そういう男性の言葉に、周りの人たちも頷く。
「それに、嬢ちゃんたちは魔物を倒してくれた。コイツらも、少しは報われただろう」
「そう、ですね……そうだと、いいと思います」
私も頷くと、彼らは笑顔になって、再び杯を交わし始めた。
色々な人たちから声をかけられ、酒を飲みかわす。当然、私の服装についてのからかいもあったが、魔力を増幅するスゴイ服、ということで押し通した。
皆酒が入っているからか、それで納得してくれたし、面白いと言われ、歓迎されたのが幸いだった。
(……死、か。この世界では……死が、思ったよりも、当たり前なんだ)
魔物という存在。文明の発達具合。
前の、もとい日本のように、ある一定の安全など確保されていない世界。
命を脅かす存在がすぐそばにあり、それと隣り合わせの世界の人の、死への感情。
本当に、いったいどうして自分は、この世界に来たのだろう。
答えの出ない問いをかかえつつ、夜は更けていくのだった。




