93話 ~襲来3~
「あんなわけわからねぇバケモンが出るなんざ……サミコス周りで出る魔物の水準じゃねぇ!!」
「そんな! じ、じゃあ、あれはいったい……」
「わからねぇが……と、とにかく、逃げろ!」
「あっ、ちょっ……!」
男性は、そのままワタワタと慌てた足取りで、皆が逃げて行った方へ走って行ってしまう。
手に持ってたこんぼうなんだったの? と叫び出したくなるがグッと我慢し、コウモリの魔物のいる方に向き直った。
「まずい……コウモリの魔物はあの人たちが相手にしてくれているけど……」
今、門番たちが走っていった方からも、怒号や叫び声が聞こえてきている。おそらく、突然のことに皆がパニック状態になっているのだろう。
特に、門番が一度離れてこちらに来てしまったものだから、あの狭い出入り口で皆がつかえまくっていると思われる。
(それに……ここから逃げたとしても……サミコスの町は受け入れてくれないだろうし……)
どう対処すればいいのかが、わからない。
私が、にっちもさっちもいかず、その場でオロオロしていると、
「はーい! ほら、みんな! 落ち着いて!」
パンパン! と両手を叩く音が聞こえたかと思えば、ランタンを片手に持ったエリアスが、入口の混乱の傍に立っている。
「魔物はあの二人が対処してくれてるわ! 相手は一体、慌てなくても大丈夫。小さい子どもや、戦闘に自信のない人たちからまず避難よ」
「ほらほら、あんたら、今まで山やら森やら超えてきた、旅の熟練者たちだろ? このくらいで慌てんなって。他のヤツらも、落ち着いてこっちこい。順番だ、順番!」
エリアスの隣で、ヴィルクリフが大きく身振り手振りで人を誘導している。
「ふ、二人とも……! よし、私も動かなくちゃ。怪我をした人や、健康不安がある方はこちらへ! 治療します」
こういう時の為の回復役だ。
二人が誘導するのに合わせ、自分も怪我人がいないかを確認し、治療に当たる。
小柄なテルルは泣きわめく子どもたちのサポートだ。なぜか、テルルが相手をすると子どもがすぐ泣き止むので、大人たちからありがたがられている。
「っと、こんなところかのぉ……どうやら、だいたいの避難も完了したようじゃ」
エリアスのヴィルクリフの手腕で、コウモリの魔物の攻撃範囲外である、集落の外へ出すことに成功した。
さっき逃げて行った門番の男性に町へのことづけも頼み、今は火を焚きつつ戦況を見守るのみだ。
「でも……なかなか、苦戦しているようですね」
なにせ、相手は空飛ぶ魔物だ。二人が剣を振るっても、スイスイと逃げおおせてしまう。
ならばと、オルディアが炎を放つものの、それも器用にかわされてしまい、決定打にならないようだった。
「あの魔物……並みの力じゃないわ。あたしたちでもきっと、苦戦する」
一仕事終えたエリアスが、ランタン片手に近づいてきた。
その後をついて、ヴィルクリフが彼らの激闘を見上げる。
「あんな魔物、見たことねぇな……いや、あれか? 魔封じの洞窟にいたカエルの亜種みてぇな感じか?」
「確かにアレもでかかったですけど……あそこまでの凶悪さはなかったですよ!」
「しかし、マズイのぉ。あの様子では仕留められん。どうにか空から引きずりおろさねば……」
と、四人で彼らの戦いをハラハラしつつ加勢するタイミングを計っていると、誘導した人たちの間で小競り合いが発生し、子どもたちが泣き出してしまった。
こんな時に勘弁してくれ。そう思いつつ、皆で対処に当たる。食料を分け、火をさらにおこし、子どもたちを落ち着かせ、額の汗をぬぐっている、と。
「きゃぁあああ!!」
大きな、女性の悲鳴。と、同時に。
「ぐふっ……!!」
重い、断末魔のようなうめき声が上がった。
「まさか……!!」
恐ろしい予感に、戦いの場へ駆け出す。視界を空に向けた瞬間、惨たらしい光景が目に入った。
――暗い夜空。
月光を背にした魔物の白い牙が、男性の体をザックリと貫いている。
腹に突き刺さった牙は背中に達し、カラン、と力なく剣が滑り落ちた。
夜の黒と白い牙が支配する視界。そこに、男性の流した赤い血が、どろどろと零れ落ちた。
「い、いやぁあああ!!」
オルディアが裏返った悲鳴を上げて、その場でガクガクと崩れ落ちた。気を失ったらしく、その手から杖が落ちて、折れた男性の剣の上に転がった。
「が……あ……あ……」
ろうそくの明かりよりも小さな声が、男性から血が噴き出すたび、かすかに聞こえてくる。
魔物の牙が、彼の体に食い込むたび。ぐり、ぐり、と腹にめり込んでいくたびに。
「あれは……マズイ! 死んでしまうぞ!!」
テルルが焦ったように叫ぶも、魔物はこちらを見もしない。
新しく捕らえた獲物を味わうのに夢中といった様子だ。
死ぬ。目の前で、また人が殺される?
「ダメ……っ!!」
全身が、なにかにせき立てられるかのように動いた。
月下の元、弓なりにしなる男性の体と、コウモリの魔物。彼らの正面に向かって、走る。
「っ……こんな時のための、杖……!」
懐から杖を取り出す。杖はわずかに手の中で暴れたが、相手している時間はない。
「こっち! こっち見なさい!! 化け物!!」
無理やり空にかかげられた杖が、黒っぽい光を放つ。
若干怪しい色合いではあるが、魔物の気が引けるならなんでもいい。
私の大声と、黒く光る杖に気づいたか、男性の血をすすっていた魔物が、動きを止めて顔をもち上げた。
逆さまの口の端から血を滴らせ、目をらんらんと輝かせる姿は壮絶のひと言に過ぎる。
あまりにも不気味で、圧倒されてしまいそうだ。
(なにか……なにか、攻撃を! あの魔物の意識を反らして、男の人を救える、攻撃を……!!)
炎か水か、風か土か。
頭の中で、グルグルと思考が回る。
「なんでもいいから……なにか魔法、出て!!」
全身を巡るという魔力を、光る杖に一心に込めて、願う――願う。




