92話 ~襲来2~
「うわ……そっか、ここ、周囲が丸太のクイで囲まれてるから……」
飛び越えるには高さがあるし、壊すには時間がかかる。
だから、皆がいっせいに入口ゲートに集まり、対応しきれていないのだろう。
そしてそれを、魔物が見逃してくれるはずもない。
「ぎゃぁああ!」
滑空した魔物が、並ぶ男性の背中に襲いかかった。
鋭い牙がガブリと食い込み、男性がどうと倒れこむ。
集まった人々が混乱して逃げ惑うさなか、行商人の子どもなのか、小さな女の子がひとり、わあ、とその場で泣き出してしまった。
魔物は男性にかじりつこうとする動きを止め、子どもの鳴き声に反応した。
ニタリ、とコウモリの口が釣り上げる。
「――ダメッ!!」
あんな小さな、子どもが!!
そう思うのと、体が飛び出すのが同時だった。
「ハナッ!!」
背後から名前を呼ばれるも、一度走り出した体は止まらない。
あの魔物の牙が、爪が、少女に食い込むその前に――!!
(間に、合わない――!?)
足が、速さが。魔物の、すばやい鉤爪の動きが。
少女の、やわい肌に触れてしまう――!
(いや、絶対に! 絶対に、殺させない――殺させて、たまるか!)
すでに、数人が殺されている。
この上、さらに人を、子どもを殺させてなるものか。
自分は、勇者でも聖女でもない。
魔女と呼ばれ、人を回復させるくらいしか取り柄がない。
けれど、でも。だからこそ――。
(せめて……守れる人は、守りたい!)
別の世界から、この世界に飛ばされてきたのなら。
その代償の力が、この身に宿っているというのなら。
人を一人助けるくらいの力を、私に――!!
カッと全身が熱くなる。
今まで感じたことのない、奇妙な力の流れを全体で感じる。
ふわっと体が浮き上がるような、どこか現実味のない、不思議で、でも決して不快ではない感覚だ。
強い力が、血管を、神経を、全身を駆け巡っているかのような。
「……子どもに……触れるな……っ!!」
怒りに似た高揚が体を覆う。
発熱した体に、力がぶわっとみなぎって――、
「そこまでよっ!」
「……へ、えっ??」
飛びつこうとした瞬間、横から出現した甲高い声と小柄な体に、勢いがフッと途切れ、その場でたたらを踏む。
「お嬢ちゃん、もう大丈夫よ!」
化けコウモリに襲われかけていた少女は目の前の影によって救われ、サッと安全圏に移された。
ぽんぽんと背の高い男性に頭を撫でられ、少女は半泣きでぐずっているものの、キズはないようだ。
「まったく……こんな魔物が襲ってくるなんて、野蛮な場所ね!」
「でも、お嬢……さすが」
「そうでしょう! もっと私をほめたたえなさい!」
昔ながらの「オッホッホ」とでも笑いだしそうな笑みでポーズを決めていたのは、例の騒がしい三人組のうちの一人、ツインテールでお嬢様風の女性だった。
後の二人は、さっきの少女を商人たちへ渡したり、混乱の鎮圧を行っている。
「あ、あの……彼女は大丈夫ですか?」
思わず、そばにいた壮年の男性に声をかけると、彼は少女――たしかオルディアと呼ばれていた――を確認しつつ頷いた。
「ああ、無事だ。あんたも早く逃げた方がいいぞ」
「よ、よかった……ありがとうございます」
ホッと胸を撫でおろし、忠告に頷いた。
目の前で子どもが殺されなくてよかったというのと、代わりに助けた彼女にも怪我がなくてよかった。
他に人が殺されている今、そんな悠長なことを言っている場合でもないのだけれど―。
と、壮年の男性がふとこちらを見て、ギョッと目を見開いた。あ、マズイ。
「あ、あはは……し、失礼シマース」
「えっいやあんた……うわっ!?」
男性がなにか声をかけてこようとした瞬間、ヒュッ、と眼前をするどい風がよぎった。
「くっ……さっきの魔物か! おい、トルン! 皆を遠くへ!」
「わかった……二人とも、気をつけて」
トルンと呼ばれた長身のっぽの男性が、慌てふためく人々を誘導していく。
よかった。これで旅の人たちは安心だ。
「もう、トルンったら! わたしを誰だと思ってるのかしら!」
「嬢ちゃんが心配なんだよ。サッサとあんな魔物、倒しちまおう」
オルディアと男性が、宙に浮かぶコウモリの魔物をにらんだ。
得物を奪われた魔物は、さかさまの口から白い煙を吐きつつ、こちらをギラギラと見つめている。
「さあ! わたしたちが相手よ!!」
「おう! サッサとかかってこいや!!」
(……よし! 今のうちに……!!)
彼らが魔物の足止めをしているうちに、ぶっ壊された建物の方へとコソコソ近づいた。
「……っ、ひどい」
屋根が剥がれ、窓ガラスは割れ、とても人が住めるような状態ではない。
そんな、完全に破壊された建物の周りには、しおしおにしなびた物体が三つ。ミイラ状になった、人間の死体だった。
(さっき見た時はひとりだったけど……まだ、殺されていたんだ)
奥歯をグッと噛み締め、直視しないよう薄目になりつつ、そっと死体に近づいた。
血が抜き取られ、極限まで薄くしぼられたその体には、もう、生命の残滓は宿っていない。
そっと手を触れて、魔力を流すことを試みる。
しかし、溢れるばかりに湧き出す魔力は、人の体に吸収されずに、空気に溶けて消えてしまう。
(……ダメか……)
もし、まだ息があれば。万が一、死のふちから回復させられるなら。
そう思って力を込めたものの、彼らはもう、完全に彼岸に持っていかれていた。
だが、その死に方は、あまりにもひどい。ひどすぎる最後だ。
「こ、このコウモリの魔物は……この辺りに生息するヤツなの……?」
ひとり言のように呟いた言葉に、慌てたような否定が返ってきた。
「そ、そんなわけないだろう!! あ、あいつは、あいつはなんなんだ!!」
ワタワタとおぼつかない足取りでこっちに走ってきたのは、受付をしていたオジサンだった。
片手にはこん棒を持ち、パニックの表情をありありと浮かべている。




