91話 ~襲来~
「えっと……姫様のお母さまの……女王様の具合はいかがですか?」
さっきテルルと交わした会話を思い出し、ふと気になって尋ねる。
もしかしたら、女王こそが魔女かもしれない。
だとしたら、彼女こそ、敵になるかもしれない。
『お母様でっすか? 相変わらず……わたくしとは、まったくお会いしてくれません。けれど……なにか、いろいろ精力的に兵士たちに指示しているようですが……』
兵士たちに、指示。
それはもしかしたら、この町と同じように、魔女警戒令をあちこちに飛ばしていたりするのだろうか。
『あとは……あちこちの町の人口を調査していると聞きました。兵士たちの訓練の様子も、よく視察しているみたいですし』
意外な情報だ。
人口の調査を女王が依頼する理由が思い至らない。
むむ、と私が考えていると、姫様はさらに追加した。
『ああ、そうそう。伝書鳩もよく出入りしていますよ。なにかあちこちに通達を出しているみたいで』
「で……伝書鳩!」
魔女云々の出所はそれだ!
慌てて、お守りを握りつつ説明する。
「姫様! 実は、その伝書鳩が……魔女が……えっと、つまりは私が、城から脱出したことを触れまわっているらしくて」
『えっ……!? た、確かに、母……いえ、女王としては、死刑が失敗したから行方を追うのはわかりますが……お触れを出すなんて……一体……』
「理由はわかりませんが……なにか、意図があってのことなんだと思います。だから、姫様……どうか、お気をつけて」
『わたくしのことはいいのです。魔女様も……エリアスにも、どうか気をつけるようにと』
「はい、必ず伝えま……」
お守りを両手に持ち、力強く宣言しようとした、その時だった。
ガシャーン!!
家の外で、なにかが激しく割れた音がした。
『ど……どうなさったんですか!?』
「わ、わかりません。えっと、姫様、とりあえず様子を見にいくので、これで失礼します!」
『あ、は、はい……!』
慌てて通信を切った後、物音がした外へと飛び出した。
「あ……あれは……?」
いくつも立ち並ぶ仮宿の、一番端。
つまり私たちと反対側の建物に、大きな塊が見えた。
割れた窓に覆いかぶさるような巨体。
それは、並みの人間のサイズではない。屋根をまるまる覆えるほどの、異様な大きさだった。
「ばっ……バケモノ……!?」
私の叫び声と、窓ガラスの割れた音に反応してか、建物に次々明かりが灯って、中から旅人やら商人やらが飛び出してくる。
周囲が一気に明るくなって、ぼんやりしていたその異形の姿を照らし出した。
「こ、コウモリの……魔物……!?」
背中に大きな羽を背負った、コウモリをまるまる巨大化させたような魔物だ。
魔物の頭部は、すでに半壊した建物の屋根部分にうまり、ジュルジュルと不気味な音が聞こえてくる。
「な、なんか……すさまじく、ヤバそうま魔物が……」
恐ろしい予感に、ジリジリと後ずさる。
魔物は、私の声に反応したかのように、建物の中に埋まっていた体をゆっくりと上に引き抜いた。
ギャーッ!!
それを見た人々から、けたたましい悲鳴が上がった。
「うっ……か、体、が」
このコウモリの魔物は、笑っていた。
ニヤリと吊り上がった口からは、人間の体が横向きにダラリと垂れていた。
全身から滴る血液が、夜の明かりで白く反射する。腕や足は、あちこちがちぎれて折れていて、プラプラと風で揺れるばかり。
冷たい夜風が、私たちを襲った。
あれは間違いなく、死んでいる。
「に、逃げろ! 逃げるんだ!!」
目撃した人々は阿鼻叫喚で逃げ出して、建物の電気が消えていく。
「え、ちょ……っ、み、みんな……起きて……!!」
大勢が慌てて逃げ惑うさなか、私の仲間たちはいっこうに姿を現さない。
慌てて建物の中に飛び込むと、
「んー……? ハナ、外、なにかあったの……? やけにうるさいけど……」
「ホントだよ……こっちは、ようやく布団でぐっすり寝てたっつーのに……」
電気もついていない寝室から、まぶたが半開きの男二人がのっそりと顔を出してきた。
騒動には気づいていたが、睡魔の方が強かったらしい。
あまりにもノホホンとした顔に、思わず叫ぶ。
「シャッキリしてください!! 魔物がでたんです、魔物!!」
キィィッと声を裏返しつつわめいていると、彼らの後ろからもう一人寝坊助が現れる。
「なんじゃ……魔物? 寝ぼけとるのか?」
「寝ぼけてません!! もう、襲われてる人がいて……っ!!」
と、ボケボケ三人組に力説していると、
バキバキバキッ
気がひしゃげるような音が、再び空気を激しく揺らした。
「な、なんじゃ!?」
「あっ、さっきの魔物……!」
息を殺すように、コッソリと窓から音の方向を伺うと、
「う、っ……!」
そこには、悲惨な光景が広がっていた。
最初に魔物がいた建物は、すべて窓ガラスが破壊され、屋根も剥がれ落ち、半壊状態になっている。
そして、その建物の隣には、月明かりに照らされた死体が二体。
さっきの血濡れの状態ではなく、異様にしぼんでいる。
「あれは……吸血されてる……」
エリアスが、口をおさえてうめいた。
吸血。言われてみると、確かにその死体はガリガリどころかシナシナで、骨と皮しか残っていない。
「どうやら……寝ぼけてたのは、おれらの方みてぇだな」
ヴィルクリフがボソリと呟き、空を見上げる。
彼の視線の先には、宙に浮かんだ魔物が見えた。
やはりコウモリにそっくりだ。厳密に言えば、コウモリよりも羽が大きく、頭部に異様なまでに伸びた牙があるが。
魔物は、ぐるりと宙を見回すと、ある一点に顔を向けた。
そこは、人間が大量に詰まっているところ。
逃げる人々が慌てて列をなしている、集落の入口ゲートだった。




