88話 ~集落~
「えっと……もしかして、それで旅人がなかに入れない……とかですか?」
「ああ、悪いな。それだけじゃなく、ちょっと町にも事情があってな……」
「事情? そうそう、この壁、異様よね。もしかしてそれに関係が?」
「まあ、そうだ。だから、旅のあんたらを入れることはできないが……代わりっつったらなんだが、宿の提供はしよう」
「え……宿??」
町には入れないが、宿は提供する?
意味のわからない提案に首をかしげる私たちに対し、男はスッと指を森の方へと向けた。
「あなた方と同じように、町に入れられない旅人だとか、行商人向けの休息所を別で設けてあるんです。今から、そっちに案内しますね」
男たちのうちの一人、一番年若い男性が、スッと前に進み出た。
丸太のクイで覆われた、広場だった。
敷地としては、小学校の校庭くらいの大きさになるだろうか。
そんなだだっ広い敷地に、掘っ立て小屋のような簡素な建物が、点々と建てられている。
入口らしきゲートには、その三分の一くらいの建物があり、そこで入場チェックをするようだった。
「さあ、ここです」
ここまで案内してきた男性が、入口ゲートの建物の窓をコンコンと叩いた。
「また旅の人たちが来ました。お願いします」
「おお。新しいのかい? こっちだこっち」
ガラッと開いた窓からは、気さくそうな男性の顔が現れた。
さっきの門番たちよりも年齢が上の、かつては屈強な戦士だったのだろう、という風格のある体つきだった。
男は、額にできた傷跡を撫でつつ、酒焼けした声で言った。
「あとはおれが引き継ぐから、お前は持ち場に戻ってな」
「はい、よろしくお願いします」
若い男性は、こちらにペコリと軽く一礼した後、来た道を戻っていった。
「さぁて、じゃ、こっちで受付だな」
「あ、よろしくお願いします……えっと、私たち、こっちに泊まっていいんですか?」
「ああ。ま、もちろん料金はもらうが」
男性はかすれかけたダミ声で頷いた後、遠慮なくジロジロと私たちを眺めた。
「ほお……女はいるが、ウワサの魔女じゃあなさそうだな。そんなトンチキな恰好してりゃ、見つけてくれって言わんばかりだしな!」
彼は、ゲラゲラと朗らかな笑い声をあげ、片手を上げた。
「つーわけで、料金はこっちだ」
「あ、お支払いします……えっと、魔女が現れたって、なにか具体的な話って出てるんですか?」
微妙に失礼ともとれる発言はスルーして、提示された金額分を彼の前のトレイに置いた。
「それがあいまいなんだよなぁ。なんか、とんでもねぇ魔法を使うらしいってことくらいしか……しかし、いったいどんな姿をしてるのかねぇ。町のヤツらなんかはビビってるが、おれなんかは、逆にひと目見てみてぇよ」
無骨な指で、意外と丁寧に金銭を確認した男は、しみじみと言った。
「あの女王のいる城から逃亡したっつーんだろ? よっぽどだぜ、よっぽど」
「あ、あはは……全くですね。きっと絶世の美女ですよ、きっと」
「そうかあ? 意外とふつうの……イタタ」
横やりを入れてきたヴィルクリフの耳を引っぱりつつ、
「えっと、それじゃ、私たちはどの建物に?」
「遠いが、一番奥の赤い屋根のとこを使ってくれ。あ、食料品はこっちで売ってるから、必要なら入って裏から見てってくれ」
男性は、ポン、と赤いカギを放ってよこした。
「食料……前のモルールーでだいぶ買ったけど、保存が効きそうなものをいくつか見ておこうかしら」
「じゃ、オレは先に建物に行ってるわ。さっさと汚れ落としてぇしな」
「ふむ。ならば、わしは収納の都合上、エリアスと共に食料を見ておこうかのぉ」
エリアスとテルルが残ることになった為、私とヴィルクリフは、先に建物に行くことにする。
並ぶ家々を見ると、夕方近い時刻ということもあり、あちこち明かりがともっている。
けっこう埋まっているらしく、ほとんどの窓から光が見えた。
「なんか……面白いですよね。グランピング? みたいな」
「グラ……? まあ、おれも傭兵生活やら暗殺生活やら長いが、すぐそばに町があるってのに、すぐそばにこういう場所があるっつーのは初めて見るわ」
「観光地とか、行楽地ってわけじゃないですしね……」
建物を借りるのに提示された金額は、さほど高いものではなかった。
行商を生業にしていたり、なにか稼業をしている人間であれば払えるレベル。
取り急ぎで、急遽作られた施設なのだろう。
それでも、野宿生活ばかりだった人間にとってはありがたい。
「しかし、徹底してるよなぁ……町の入口に兵士がいて、ここの入口にも管理のオッサンがいて。なんか、よっぽどのことでもあったのかね」
「よっぽど……」
脳裏に、先日のモルールーの町での出来事が浮かんだ。
屋敷が炎上し、アスタリカが殺されかけたあの事件。結局『なぜそんなことをしたのか』というのは解明されていない。
もし、似たようなことが、ここサミコスの町でも起きたのであれば――。
「ったく……どうして、こんな扱いをされなくちゃならないのよ!!」
「……オルディア様、抑えて」
「これが、収まっていられますか!!」
(……ん?)
なにやら、聞き覚えのある声と名前が聞こえた。
イヤな予感が全身を駆け巡る中、視線を上げる。
「なんでこんな辺鄙な場所に泊まらなきゃならないのよ! こんな……っ、虫でるし、ホコリ溜まってるし、ちゃっちい建物で……っ!」
「……しょうがない。郷に入っては郷に従え」
「いやーっ!! 早くうちに帰って休みたーい!!」
青い屋根の建物からだ。
どうやら室内にいるらしく、開けっ放しの窓から喚き声だけが聞こえてくる。




