87話 ~新しい町~
記憶が、あいまい。
その単語に、思わずゾッとして口を覆った。
「え、エリアスさん……まさか、私が何度か回復させたから、記憶が……?」
最近はすっかり忘れていたが、自分の回復魔法、副作用がある可能性があった。
おそらく、エリアスが一番回復魔法をかけられている。
副作用が強く現れてもおかしくはない。
思わず震えあがった私に対し、エリアスは慌てて首を振った。
「ち、違う。違うのよ」
「え、でも、だって」
「本当に違うの。だって、あたしのその頃の記憶があいまいなのって、あなたと会うよりずっと前からだから」
「え……あ、そういえば」
以前、牢獄だったか。
彼から、そんなような独白を聞いたことがあった。
ポカンと大口を開けた自分に比べ、テルルがスッと冷静な声を上げた。
「記憶があいまい、じゃと? どういうことじゃ、それ」
「その……たいしたことじゃないのよ? あたしの問題だと、思うし……」
彼は言いにくそうに、首の後ろを片手で掻いた。
「前に、チラッとハナには言ったと思うけど……あたしね、王国の姫様と、幼馴染らしいの。でも……その頃の記憶が、どうにもあいまいで」
「その頃……っていうと、五、六才くらいですか」
「そうね、それくらいかしら……もちろん、家族のことは覚えてるのよ? 剣術や、領地の勉強をしたことも覚えてるわ……でも、なんかハッキリしないのよね」
「あー……なんか、めっちゃ辛いことでもあったんじゃね? オレが暗殺にいた頃もいたぜ? 昔のこと思い出せないっつーやつ」
「そ……そうなのかしら。でも、他の兄弟姉妹には、そういうことないし……不思議だわ」
エリアスは苦笑いしつつ、地図をクルリと丸めた。
「でも、ま、無事に……ここにたどり着いてよかったわ」
「三日で到着予定が、五日かかったけどな」
「あ、あはは……それはごめんなさいね……」
ヴィルクリフが、半眼でエリアスをジーッと見る。
彼の言った通り、アスタリカの話によると、ここにつくのにはおおよそ三日、と聞いていたのだ。
しかし、あちこち道に迷い、山に分け入り、魔物に遭遇しかけたりしながら、予定よりも時間がかかってしまったのだった。
「まぁ、無事に到着したんじゃ。川の水も悪くはなかったが、温かい湯が浴びたいのぅ」
すっかり人間の姿が板についたテルルが、自らの肩を揉んでいる。
「そうですねぇ……でもこの町、いったいどこから入れば……?」
一面、柵に囲われている町だ。
入口があるはずなのだが、ぐるっと回っていけば入れるのだろうか。
町の名前は一応『サミコスの町』と地図にはあるが、看板らしきものも見当たらない。
とりあえず、回ってみるかと歩き始めたものの、壁の範囲はかなり広かった。
「これ、もしかして全部覆ってるの……? 行商人とかどうするのかしら」
「つーか、町の奴らも中で缶詰状態だろ? すげぇ不便じゃねぇ?」
と、キョロキョロと見回しつつ歩いていると、
「おっ、人がおったぞ」
先を歩くテルルが、ひょいと指さした先。
三人ほどの人間が、扉の前に立っていた。その扉も、壁の大きさからすると、ものすごく小さく見える。
「あ、あのー……」
声をかけつつ歩いて行くと、向こうはサッ、と一瞬で警戒態勢を取った。
三人は、明らかに私の服を凝視している。マズイ。
「あ、あんたら……!」
「す、すいません! た、旅の者、なんですが! あっ、この服はちょっと事情があって着てるだけなんで警戒色とかじゃないです!!」
このまま攻撃されたらたまらないと、両手を上げる。
すると彼らは警戒を解かないものの、やや、勢いを弱めた。
「け、警戒色……? なんだ、頭がおかしいかと思った……」
「四人……まあ、襲撃なら正面からは来ないですよね」
「旅人か……た、旅人か?」
三人はそれぞれ顔を見合わせ、恐る恐るたずねてきた。
「あんたら、前の町から来たのか……?」
「ああ。ここ、サミコスの町だろ? モルールーの町から、ここが一番近いって紹介されたんだが」
ヴィルクリフが前に出ると、三人の男はようやく警戒を解いた。
三人はそれぞれ、戦士のような恰好をしている。
革製とおぼしき鎧と、腰には剣。いかにも門番らしい。
「ああ、ここはサミコスの町だ。だが……悪いが、今、町の中に外部の者を入れるわけにはいかん」
門番のうちの一人、一番年配らしい男性が、あごひげを揺らしながら言った。
「少々、町の中が込み入っておって……それについ最近、中央の方からも通達が入ったしな」
「……通達?」
「ああ。旅の者なら聞いたことはないか? 王国に、魔女が現れたという話を」
魔女。その単語に、ビクッと肩が震えた。
「魔女……とな?」
テルルは、意味がわからない、と言わんばかりに首をかしげている。
傍らに立つエリアスは、わずかに緊張の面持ちで、彼らにむかって慎重に尋ねた。
「えぇと……魔女、っていうのは、魔物とは違うのよね? それが……現れた、って?」
「ああ。城からの伝書鳩がつい先日届いたんだ。……どうやら、現れた日数などから考えて、この辺りに来ている可能性がある、とも」
「ふぅむ、魔女か……それは恐ろしいのぉ」
フムフムと同意するテルルの隣で、ヴィルクリフがニヤッと笑った。
「ははっ、そうだな。魔女って言うからにはきっと、めっちゃ美女で、男が誰彼構わず魅了されちまうような、そんな女なんだろ……痛ッ」
調子にのってベラベラ語るヴィルクリフのすねを軽く蹴とばしつつ、殊勝な態度で尋ねた。




