86話 ~名前~
よくある、ファンタジー世界特有の四次元収納空間(腐ったり痛んだりもしない)能力であるそれは、実際、超絶便利だった。
「疑問形で呼ぶんじゃない。それに神といっても、わしは神力と呼ばれる能力を使えるというだけで、別に神の眷属ではないぞ」
「えっ……そうなんですか!?」
まさかの事実。
テルペロン鳥と呼ばれる伝説の存在。
鳥と人間の姿を自在に操れる。そんな能力ゆえに、てっきり。
思わず、真っ白い装束を着るテルペロンを、上から下までマジマジと眺めた。
「当たり前じゃろう。本当に神ならば、人間世界にこうして姿なぞ現さん」
「エッ……あ、ああ、まあ、そうですね……」
そういえば、以前も似たような話をした気がする。
テルペロン鳥は代々一匹。
寿命が来ると卵を産み、次代につなげる、だったか。
(でも……お姉さん? の話、うわごとでしてたことあったよね……)
唯一無二の、テルペロン鳥という個体。
神ではなくとも、神に近しい希少な存在であるのは確かだ。
しかしそれは、仲間がいっさい存在しない、ということの裏返しでもある。
本人はまったく気負っていないし、この世界の摂理であるそれに、自分がなにか口出しできることでもない。
(でも……せっかく知り合えたんだし、種族名じゃ味気ない……)
「よし! 名前、つけましょう」
パン! と勢いよく両手を叩くと、テルペロン含め、他の二人も大きく目を見開いた。
「は? お前、いきなりなに言ってんだ?」
「名前って……そんな、急に??」
「そうじゃぞ。わしが、そのままで良いと言っておるのに」
困惑の表情でブーブー言ってくる三人を丸っと無視して、候補を上げる。
「うーん、そうですねぇ。じゃあ……テルル、ルルペ、ペロー、ロン。の、どれがいいですか?」
「それ……名前っていうか愛称じゃないかしら」
「つーか、野暮ったくね?」
「ただ、テルペロンが長いから短くしたいってだけじゃろ」
と、再び三者からブーブー言われたものの、丸っとスルーしてテルペロンにつめ寄る。
「ご本人の意見を尊重しますよ。テルペロン様、どれがいいですか?」
「せ、選択肢はそれだけなのか……」
「だって、急にまるっきり違う前だと、本人も、呼ぶ側も混乱しちゃいません? なら、もじるのが一番手っ取り早いかと」
「理にかなっているのか、強引なのか……」
テルペロンはブツブツと口の中で文句を呟いたのち、ぼそっ、と言った。
「一番最初ので、いい」
「……えーっと、テルル、ですかね?」
「どれになってもおんなじじゃ。なら、それでいい」
と、若干投げやり気味にフイッと顔を背けられた。
(あー……無理やり過ぎたかな)
正直、テルペロンのままだってよかったのだ。
彼の言う通り、唯一無二の存在であるのだから。
でも、自分はこの世界にやってきて、魔女だの変質者だの、当たり前のように記号で呼ばれることが多い。
だから、種族名とか、識別番号的なもので呼ばれた時に感じるあのちょっとしたモヤモヤを、彼にずっと味わわせたくないなぁ、と思ったのだ。
これから旅していく仲間なら、特に。
「それじゃあ……テルル?」
「……それでよい」
試しにそう呼んでみると、彼は顔をそむけたまま、ボソッと答えた。
その口調はつっけんどんなものの、ほんの少しだけ、口角が緩んでいる。
ほんの少しでも、気持ちが伝わったのだろうか。
そしてそれを見て、エリアスとヴィルクリフも、次々に彼の名を呼んだ。
「あら? もしかして、テルル様、照れてるのかしら」
「おっ、そーだな。ちょっと顔赤くねぇか、テルル」
「もう様はいらん! そしてやめんか! お主ら!」
テルペロン、いや、テルルはくわっと目を見開いて皆をにらんだが、わずかに顔を赤らめている姿には、可愛らしさしか感じない。
「ふふっ……じゃあ、次の町を目指しましょうか、とりあえず」
本当に、優しい人ばかりだ、この世界。
そう、ほっこりした気持ちになる。
(まあ……これで、着られる服がマトモだったら……)
町中でも非常に目立ちまくっていた、ひらすらゲーミングしまくっているローブのすそをつまみつつ、町の外へと視線を向けた。
「それで……次の町が、ここ、ですか?」
これでもか、というほど、頭を上に向けながら、となりのエリアスに声をかける。
「ええ……たぶん……」
彼は非常に自信なさそうに、地図を眺めながら、頷いた。
四人そろって、首を痛めるのではないかと思うほど、頭を反らす。
なにせ目の前には、雑多にうちこまれた、大量の柵があったからだ。
いかにも突貫工事といった感じで、おそらく町を囲う壁代わりなのだろう。
高さは人の身長の倍といったところで、これを乗り越えるのは至難の業と思われた。
エリアス曰く、幼い頃、こんなものはなかった、らしい。
ただ、そういうエリアスの口調自体、割とおぼろげではある。
アスタリカが言った通り、この辺りは親に連れられてしょっちゅう行き来していたそうだが、エリアスは不安な表情で、何度も地図を確認していた。
実際、ここにたどり着くまでも、何度か迷いかけたほどだ。
「なあ、ずっと聞きたかったんだが……お前、なんつーか、自分ちの領地、あんま把握してねぇのか?」
でかい壁を見上げるのに飽きたのか、しびれを切らしたヴィルクリフが半ば八つ当たり気味にエリアスに問いかけた。
「いっくら広いっつったって、両親が領主様なんだろ? 兄弟も多いみてぇだが……民への顔見せも兼ねて、町や村にはそれなりに顔見せるんじゃねぇの?」
壁の手前、そこらに転がっている岩に腰掛けたヴィルクリフは、割とまっとうな意見を言って首を傾げた。
「そうじゃのぉ……お主、だいぶ記憶があいまいなように思える」
テルルまでも、ふしぎそうな顔で指摘した。




