83話 ~火事の後2~
「え、えぇと……その。特にない、といいますか……」
「んじゃ、今後はテキトーに旅してくってことか?」
「え、っと……その、元の世界に戻る宛てを探しつつ、みたいな……」
「現状、ロクに魔力も扱えてないのにか?」
「うっ……うぐぐ……」
ぐうの音も出なかった。
いくら魔力が潤沢とはいえ、魔法というこの世界での常識が刷り込まれていないこの体。
思念の力が魔法に変わるというこの世界で、まだまだ相手に通用するほどの力を得るには、時間がかかりそうなのが現状だった。
「まあ……ひとまず、話はわかったわ」
エリアスが、こちらのやりとりを引き取るように、ひとつ息をついた。
「あなたが……ずっと、あたしたちにウソをついていたってこと」
「……ハイ」
「そーだな。隠し続けてたってわけだ。最初っから」
「……ハイ」
無言のテルペロンに対して、エリアスとヴィルクリフの二人は、じいっとこちらを見つめてきた。
そのまなざしから、目を逸らしたい。
でも、逸らしちゃいけない。
グッと両手のこぶしをひざの上で握って、噛み締めた唇を開いた。
「これ以上……皆さんを私につき合わせるわけにはいきません。エリアスさんはご実家に戻られるんでしょうし……ヴィルクリフさんも、目立つのは不本意でしょう。テルペロン様は……魔力があるから、私と一緒にってことになるかもしれませんが……」
三人の本来の目的。
エリアスは実家に戻り、今後どうするか相談すること。
ヴィルクリフは、すでに死した傭兵として、新天地を見つけること。
テルペロンは、神力を復活させること。
だから、彼らの平穏な道に、自分はきっと、そぐわない。
「だから……その。今まで、本当にありがとうございました。私は……その、ここで失礼しま」
「なに言ってるの?」
スッとイスから立ち上がった瞬間、静かな声がかけられた。
「言うだけ言って、あたしたちの話は聞かないのかしら?」
エリアスと、バチッと視線が合った。
彼はただ無表情で、こちらを見ている。
「え……えっと、その……あまり、辛いことを言わるのは……堪えるなぁ、と」
思わずひるむようにそういえば、彼は一瞬ギュッと眉を寄せた後――手のひらを口に押し当てて、フフッ、と笑った。
「あー……もう! 別に、怒ってないわよ、あたしは」
「え……えっ?」
エリアスは、ゆるりと表情を崩して、イスの背もたれに寄りかかった。
「オイオイ。それじゃ、まるでオレの方は怒ってるみてぇじゃねぇか」
「……ヴィルクリフさん?」
トントン、とテーブルの端を爪先で叩いた彼は、ニヤニヤと唇の端を持ち上げて、こちらを見ていた。
「なんつーか、そりゃあそんな恰好してて、オマケにあんなスゲェ回復の魔術を使える女が、ふつうの人間だとは思ってなかったし」
「そうよねぇ。まあ、記憶喪失なんてそうそう起こるもんじゃないし、その時点でちょっと疑り半分だったわ」
「……えー……」
二人が半笑いで告げてくる言葉に、気の抜けたような返事しかできない。
いや、たしかに。自分でも苦しすぎる言い訳だとは思っていたけれど!
「それでも、ね」
戸惑う私を見ながら、エリアスは過去を回想するように頬杖をついて目を細めた。
「あなたは、あたしのことも、あたしたちの部下も全力で助けてくれたでしょう。……だから、人間性だけは疑ってなかったわ。ずっと、ね」
はにかむように笑うエリアスは、美しかった。
金色の髪がサラリと頬を流れて、まさにファンタジー世界の住人という事実をありありと感じさせる。
人形のように、どこまでも整っていて、美しい。
「ったく、おせっかいなヤツだよな」
横から、ヴィルクリフが頭の後ろで手を組んで、おどけたような口調で言った。
「放っとけば、勝手に死体になってたオレを、偽装工作してまで助けたんだ。……命を救ってもらっといて、うだうだ言うつもりはねぇさ」
半眼でこちらを見つめる彼は、凛々しい眉をゆるっと下げて、ニヤリと笑った。
エリアスとはまた違う、男前と称すべき顔立ちを破顔させた彼は、本来の年齢よりもずいぶんと幼い、悪ガキのようにも見えた。
「オレだって、行き先なんざ決まっちゃいねぇんだ。弟は……まあ、あの国で兵士としてがんばってるだろうし……オレ自身は、まあ、まだまだ未熟者だな」
彼は、腰にくくった刀にそっと触れた。
前の刀は私が破壊してしまい、長らくナイフのみだったが、今回アスタリカから一本譲ってもらったらしい。
「オレは、もっと強くなるための方法を探そうと思ってる」
長い髪をバサッとかきあげ、ヴィルクリフはまっすぐなまなざしでこちらを見た。
「どーせなら、一緒に行ってやったっていいぜ」
「……! ヴィルクリフさん、一人がさみしいだけじゃないですか?」
「なっ、お、オレは、お前がぼっちじゃさみしいんじゃないかと思ってだな……!」
と、ヴィルクリフとやいやい言い交していると、
「ちょっと、なに? あたしはのけ者かしら?」
ヴィルクリフの提案が嬉しくて、照れ隠し混じりでつっかかっていた私の背中に、拗ねたような声がかかった。
「え、エリアスさん、だって……その、ご実家に戻る、って……」
「戻るっていうか……行き先がなかったから、顔を見せに行こうかと思ってただけよ」
「えっ……顔見せ、ですか?」
てっきり、実家に戻ってなにか手伝いでもするのかと思っていた。
しかし、そういえば、叩き出されるかも、と以前言っていた気もする。




