82話 ~火事の後~
「あ……ヴィルクリフさん?」
「おーよ。エリアスのヤツもいるがな。今大丈夫か?」
扉越しのくぐもった声に、慌てて立ち上がってドアを開ける。
「お疲れです。お二人も」
「いいえ、休んでるところごめんなさいね、ハナ」
「いえいえ。お二人こそ……体は大丈夫なんですか?」
宿の廊下に立つ二人は、外見的には健康体だ。
しかし結局、あの水晶による強制睡眠の効果がどの程度及んだかわからず、屋敷から脱した直後は、治療の為、医療施設に強制移動させられていた。
「あー、まあ、一応診てもらったが、別に問題ねぇらしい」
「それより……聞いたわよ! あなた、あの火事の犯人だと疑われたって!」
さすがに、診療所に放り込まれていても耳に入るほどの騒動だったようだ。
「え、ええ、まぁ……でも疑いは一応解けたんで……」
「解けたからいいってもんじゃないわ! あの国での処刑まがいといい、今回といい……ほんとにもう、あんたは災難続きで……」
と、エリアスは引き絞るような声でうめくと、表情を歪めてポンポン、と肩を叩いてくる。
彼よりも実際のところは年上だというのに、こうして慰められるとなんともくすぐったさを感じる。
「あはは……今回は、無事に疑いも解けたので……あ、それより、次の行き先のこと、なんですけど」
「おお、オレたちもその話しようと思ってたんだよ。ここじゃなんだから、エリアスの姉ちゃんとこ行こうぜ」
ヴィルクリフが、グイッと親指を持ち上げた。
「えっ? 別に、私の部屋でも構いませんけど」
「いっくら馴染みとはいえ、女の部屋に男共が入るのはマズいだろ。なんでも、特別室用意してくれてるっつーから、そっちで話そうぜ」
「い……意外と紳士!」
「うっせぇ! とにかく、準備できてんなら行くぞ」
スタスタと気恥ずかしそうに歩いて行くヴィルクリフがの後に続くと、エリアスが横でクスッと笑った。
「あいつね、あなたにもう何度も助けてもらってるでしょ? けっこう感謝してるみたいよ」
「え、感謝?」
「ええ。もちろん、あたしも感謝してるわ。さあ、行きましょう」
ニコッと目の端をほころばせ、エリアスも姿勢正しく颯爽と歩いていってしまう。
(……感謝……)
このあふれ出す魔力は、本来の自分の力ではない。
彼らを救ったのだって、そういう状況で、人が死ぬのを見たくなかったというエゴからだ。
でも、それでも。
「…………」
嬉しい、と。
心の奥底に宿った喜びは、きっと忘れられないだろう、と思った。
アスタリカに用意された、特別室だ。
特別室というだけはあり、置かれている調度品の絵画やツボはいかにもお高め。
うっかりぶつけて壊したりしたら大変なんだろうなぁ……と思いつつ、角の削がれたつややかなテーブルや、ふかふかのソファ的なイスに気おくれしながら、席についたのだ。
――まずは四人で話し合いを。
その為に、自分とエリアスとヴィルクリフ、そして後からやってきたテルペロンを含めた四人のメンバーで、テーブルを囲んでいた。
入室してから、およそ一時間。
深く息を吸った自分は、長い話を終えた疲労感に包まれつつ、肩から緊張をほどいだ。
「……と、いうわけでして」
実は、記憶喪失ではなかったこと。
おそらく、自分は違う世界からやってきたこと。
妙な力は、そのせいで宿っているであろうこと。
今後も厄介なことを引き寄せる恐れがあり、このまま同行すれば巻き込んでしまうかもしれない、こと。
それらを、なるべく丁寧にわかりやすく、彼らに説明をしたのだった。
「そう……そう、だったのね」
エリアスは、フッと天井を見上げると、ぼそっと呟いた。
「へえ~……なるほどな」
ヴィルクリフも、半眼で頷くと、がりがりと頭を掻いた。
「まぁ……わしはなんとなく察しておったがのぉ」
テルペロンは、空気を読まずにのんびり言って茶をすすった。
そんな、三人の三者三様なリアクションにひるみつつ、重い口を開く。
「え、えぇと……その……今まで、ウソをついていてすみませんでした……」
「……ウソ。ウソ、ねぇ。そうだな、その通りだ」
ヴィルクリフが、口をへの字にしたまま、鋭い目つきでこちらを見た。
「なんも知らねぇヤツだとは思ったが……そりゃあそうだよな。別の世界から来た、ってんなら」
「あ、あはは……その、一般常識は、ちょっといまだに自信がないといいますか……」
「そう……そうよね。あなたの体に流れる魔力……どう見ても、ふつうの人間じゃなかったものねぇ……」
エリアスが、天井から私に視線を戻して、静かに言った。
「それにしても……別世界なんて。そんなものが……本当に存在するの?」
「し、信じてもらえないのも当然ですが……私がロクな服を着られない理由もその、別世界から来たからってのもあるんじゃないかと」
「そりゃあ、お前の趣味じゃねぇのか?」
「違います! 魔力が強すぎて服が持たないっていう理由ですから!! たぶん転移した際に魔力が強すぎたんです!!」
「ハア……そう、なの」
エリアスの呆れたようなため息に、ビクッと体が震えた。
怖い。正直、怖かった。
この世界に来て、仲良くなれた三人。
身から出たさびだ。
記憶喪失と偽って、騙していたのだから。
ひどい言葉を投げかけられても仕方がない、そんな状況。
「……んで? 今後、どうするつもりなんだよ」
トントン、と、ヴィルクリフはテーブルを爪の先で軽く叩きつつ、クイッと顎を動かした。




