81話 ~犯人2~
眼前の執事――もといテルーリカは、跡形もないほどの、黒炭のかたまりと化していた。
「……はあ~……」
あてがわれた宿の一室で、ひとり。窓際の席で頬杖をついた。
服装は、テルペロンから回収して、ゲーミングローブに戻っている。あの穴ぼこファッションよりは、いくぶんかマシだった。
ぐるりと部屋の中を見回す。
素朴な木の優しい香りも、この世界へ来てから初めてのまともなベッド、という状況にも関わらず、口から出るのは憂鬱なため息ばかりだった。
(……初めて……目の前で、人が死ぬ瞬間を……)
それも、焼身自殺。
もっと早く自分が駆けつけていれば、助けられたかもしれない、という思いもある。
いや、テルーリカは自ら望んで死んだのだ。助けられたとしても、喜ばなかったかもしれないが。
でも、目の前で。
それも一度、言葉を交わした相手が、死ぬ。
それは、元の世界で、両親を相次いで病気で亡くした時とはまた別の、重い重い衝撃だった。
(きっと……どこかで、ここは現実じゃないのかも、って思ってた……)
暑さ寒さ、気温の極度の変動、衝撃や痛みは、この身にまとった魔力とやらが遮って、ゆるやかにしか感じない。
服装だって、アホみたいなものしか着用できないなんて、まさに出来の悪い夢のようだ。
それに、魔女の汚名をかぶせられたり、ギロチンで処刑されかけたり、巨大ガエルが出てきたり、転移魔法で吹っ飛ばされたりと、この世界はまさにファンタジーだ。
だから、きっと。
残酷な死を感じることなんてないのだろうと。
きっと、ギリギリですべてを救えるのだろう、と。
傲慢ともいえる、理想の考えを抱いていた。
(……まだ、この世界がホンモノって信じ込めたわけじゃないけど……)
この世界は、夢まぼろしで。
フッと目覚めたら、いつも通り、ひとりで会社に向かう日常へ戻る、うたかたの世界。
ちょっとしたアトラクションを体験しているかのようなその認識は、まだ完全に切り替わったわけじゃない。
でも、少なくとも。
今まで言葉を交わし、触れ合ってきた相手は、たとえ夢の世界だとしても、紛れもなく生きている。
(今後どうしていくか……ちゃんと、考えないと)
魔女の汚名を着せられて、行く宛てもなく、エリアスの後を追って逃げてきた。
この先なにをするべきか。どうするべきなのか。
流されるがまま、ずっと、ここまで来ていた。
それは、元の世界の自分が”そう”だったからだ。
ふつうに学校を卒業し、あまり裕福ではなかったから進学ではなく就職を選び、ひとり暮らししつつ、実家に仕送りをしていた自分。
両親が流行り病で亡くなり、しばらく呆然と後片付けを終え、それでもなにか変わることなく、会社に通い、仕事をし、日々を過ごしていた自分。
たまの贅沢に、と温泉に向かい、思わぬハプニングでこの世界に飛ばされたのは、本当にふつうに生きていただけの自分だった。
(……本当のこと……みんなに、言えてない)
最初についたウソである、記憶喪失。
それを、エリアスもヴィルクリフも信じたままだ。
この世界に飛ばされた、村人A。
そんな立ち位置であれば、別に問題なかった。
でも、これまで起きてきた様々なイベント――魔物の襲来、魔女の断罪、逃亡、魔封じの洞窟、転移、そして火事――偶然にしてはあり得ないほどの密度の濃いそれらは皆、自分が関わっている。
(このままじゃ……きっと、もっと、巻き込むことになる……)
それは、半ば確信に近い予感だった。
異世界からやってきた人間というのは、往々にしてトラブルを呼び込むものだ。
きっと、溢れるほどの魔力を得た代償に、色々を引き起こすに違いない。ただでさえ、まともな服が着られないというデバフを受けているというのに――。
「……お別れ……になる、かなあ」
エリアスとヴィルクリフ、そしてテルペロンは信頼できる相手だ。
本当のことを話すべきだろう、と思う。
しかし、話したら、どうなるか。
テルペロン。彼は神力を失ったというし、私から魔力をもらって生き長らえているようだから、きっとそばにいてくれるだろう。
それに、異世界転移してきたと気づいているかはわからないが、なんとなく事情を察されている気配もある。
でも、あの二人。彼らはどうだろう。
エリアスはもともと、彼の両親がいる地に戻るまで、という話だった。
ヴィルクリフは、追っ手がこなければきっとどこでもいいのだろう。
短い間だったけれど、彼らとの旅は楽しかった。
でも、自分が本当のことを伝えたら、いったいどうなるのだろう。
騙された、と怒るだろうか。
隠し事をされていた、と悲しむだろうか。
いや、あの二人は、あからさまに態度には出さないかもしれない。
ただ静かに「そう」「そうか」と言って離れていく、だけ。
「あ~~…………」
短い付き合いだ。短い、付き合いだった。
でもこの世界にやってきて、まるで昔からの親友であるかのようにつき合うことができた二人だった。
テルルだって、私の魔力を釣り餌にしているようなものだ。今のままじゃ、まったく誠実じゃない。
このままだと間違いなく、皆を騙したまま、なにかに巻き込んでしまう。
(……仕方ない。本当に、仕方ないの?)
日の暮れかけた夕方、うじうじと部屋の中で考え込んでいる、と。
ゴンゴンゴンッ
「おーい、ハナ?」
部屋のドアが、雑に叩かれた。




