79話 ~放火魔2~
「こ、殺……!? そ、そんなことしませんよ!!」
「なにを白々しく! 追い出されたことを逆恨みしたんだろう!!」
「いやいや、そんなで放火しませんって! というか、アスタリカ様はご無事のはずですが!?」
と、私が叫ぶと、周囲がザワついた。
(あれ……? アスタリカさん、まだ出てきてない……!?)
先に出るように、と言っておいたのに、もしかして力尽きて倒れてる!?
若干不安になりつつも、言葉を続ける。
「え、えっと……中で火傷を負って倒れてたので、私が治療しまして……息子さんといっしょに、私よりも先に外に出たはずですけど……」
若干声のトーンを押さえて説明すると、周りの様子が変わってきた。20人の集団は互いに目を見合わせているし、目の前の使用人の顔色がおかしい。
「ち、治療……な、なぜ貴様がそんなこと……」
(んん? なんか、反応が……)
主人を殺された恨みを晴らそうとする従者。
最初はそう感じていたものの、なんだかリアクションが妙だ。
ただ困惑している、という風ではない。
なにか、想定外の事態が起きてしまったことに焦るような、そんな顔で――。
「そうさ。……私は無事だよ」
シン、とざわめきが止まった。
広場のド真ん中。私を中心に囲っていた輪がほどけ、凛と背筋を伸ばしたアスタリカが、ゆったりとした足取りで歩いてくる。
「あ……アスタリカ様!?」
「領主さまだ……ご無事だった……!!」
今まで私を糾弾していた人たちが一気に色めきたった。
皆がいっせいに近づこうとするのを片手で制して、彼女はさっそうと歩いてくる。
「……ご無事で……」
例の執事が、ひるんだように後ずさる。
その表情は、喜びでもあり、悲しみでもあり、色々な感情をごちゃまぜにしたような、ひとことでは言い表せないなにかだった。
「すまない、待たせたな」
アスタリカの体には、あの痛ましい火傷の痕は無い。
ボロボロに焼けた服は着替えたらしく、領主然としたたたずまいだ。
後ろには、息子の姿もある。
そして、さらにその後ろに。
「あ……! テルペ様!!」
「大丈夫だったか? ハナ」
ひょこりと顔を出したのは、真っ白い人型をしたテルペロンだった。
別れるときの苦しそうな様子はなく、さっぱりとした顔をしている。
「実はのう、木陰で休んでおった時、ちょうどこの二人が現れてな。わしらの話を説明したんじゃよ」
「説明って……えっと?」
「まあ、詳しい話は後で。……おそらく、その前に確認したいこともあるだろうからの」
と、テルペロンは正座で座ったままの私の肩をトン、と叩き、立ち上がらせた。
「のう? バルシュミーデ家、モルールーの町の領主よ」
「……ええ」
アスタリカは、テルペロンが支えるのと反対の腕をとり、目の前で跪いた。
「この度は、命を救ってくれてありがとう。……バルシュミーデ家モルールーの町の現領主、アスタリカ・バルシュミーデ、心より礼を伝えよう」
「えっ!? あ、いえその……とんでもない、といいますか……どういたしまして、といいますか……」
突然の礼式にのっとった謝辞に、しどろもどろに頷いた。
あまりの挙動不審さに、自分自身で焦りつつもこわごわ周囲を見回す。
すると、さっきまで明らかな敵意を向けていた自治組織の20人がどよめきだした。
「彼女は……ハナは、私の命の恩人だ。断じて、この屋敷を炎上させた犯人ではない」
立ち上がったアスタリカが、全体に響くほどの透き通った声で宣言した。
ホッと胸を撫でおろす私の前で、しかし、執事の男は食い下がる。
「アスタリカ様……! しかし、その女の自作自演の可能性もございます! あなた様に恩に着せようとしているのやも……!」
えっちょっ、そこまで疑うの!?
私はパカリと顎が落ちたが、その前にアスタリカがきっぱりと言った。
「それはあり得ない」
「な、なぜです……その不審者が来てから、お屋敷が異変に……!」
「なぜならば、火の上がったのが『屋敷の内部』だからだ」
アスタリカはスッと右腕を伸ばし、ボロボロになった屋敷を指さした。
「見ろ。ひときわ燃え盛っているのが、私の……領主の部屋の真横だ。証拠は残らないと思っていたのだろうが、屋敷から脱出するとき、火事の根源と思われる物証も発見した」
「えっ……!?」
物証。もしや、さっきすぐにここに現れなかったのも、それを探していたか検証していたせいなのだろうか。
ぼーっとアスタリカの話を聞いてる私の前で、彼女はぐるりと周囲を見回した。
「つまり……犯人は、我が屋敷の中にいた人物、というわけだ」
ここにいるのは、消防団の人たち。
後は、屋敷から逃げ出した使用人たちが数名と、野次馬たちだ。
おそらく、火をつけた犯人は、火事のごたごたで逃げ出しているだろう。
町中で探すのか、大変だな。
いや、むしろもう町から逃げてるかな? なんてノンキに考える私の目の前で、アスタリカは一歩二歩、明確な目的を持って足を進める。
「そして……犯人は、まだこの場にいる」
ざわっ
今まで傍観を決め込んでいた町の人々がどよめきたった。
「え……さすがに、犯人は逃げてるんじゃ……?」
「いや。……おそらく、私の死を確認するためだろう。この場に残っていたらしいな」
「……と、いうことは」
アスタリカは、どこまでも落ち着いた様子でその場にいる人間ひとりひとりの顔を見つめた。
「非常に残念だ。残念だよ、本当に」
彼女は、後ろにいる息子に一度視線を向けた。
コレードは一つ頷き、その後ろにいるテルルの傍にかけよった。
「……私だけではなく、息子まで葬り去ろうとした。それも、屋敷ごとすべて燃やそうと……悪質性が高い、と言わざるを得ない」
アスタリカは、自らの胸に手を当てた後、スッと顔を上げ、ある人物を見つめた。




