76話 ~地下へ~
「弟と、その連れの男は、この屋敷の地下にかくまってある」
「え、ち、地下……!?」
「ああ……実はここ最近、私の周辺にキナ臭い動きがあってね……色々調べていたんだが、突き止める前にコレだ。笑えないな」
アスタリカは自嘲するように首を振ると、心配そうに見つめる息子の頭をそっと撫でた。
「情けない話だ。……君が、地下に行ってくれるのか?」
「ええ! 二人を助けないと」
「そうか……なら、これを」
彼女は、すすけた服の合間から、ひとつのカギを取り出した。
熱を受けても、ひしゃげていない。なにか特殊な金属なのだろうか。
「本来なら、家長である私が行くべきだが……すまない。体を動かすので精一杯なんだ」
「とんでもない! 治癒したとはいえ、ものすごい大火傷だったんですよ。息子さんといっしょに、早く安全な外へ!」
「……本当にすまない。ありがとう」
カギを震える指先から受け取って、深く頷き返す。
すると、アスタリカは初めて気を許したような笑みを浮かべ、深々と頭を下げた。
隣の彼の息子が、私たちを見比べた後、そっと付け足した。
「地下室は、ここを出て右の道をまっすぐ突き当たった先にあります。……お気をつけて」
「突き当たりですね、ありがとう!」
コレードの説明に片手を上げて礼を示し、部屋の外へ飛び出す。
どうせ館内に人はいないだろう、というのをいいことに、服装はボロボロのローブだ。着替えがないというのが一番の理由だが。
(えっと、右の道をまっすぐ……!)
テルルのおかげか、館内の炎はだいぶ勢いを弱めていた。
黒い煙があちこちから立ち上り、プスプスとくすぶる音がする。
一酸化炭素中毒、という言葉が脳裏に浮かんだ。
「早く……早く、地下に行かないと!」
ガスは上に滞留するというが、地下の損傷具合がわかっていない今、どのみち危険度は高い。
しかも、地下室用のカギまであるとなれば、エリアスたちは完全に閉じ込められている可能性があった。
なんのケガもなく、生きていればいいが――。
「……っ、ここだ!」
ザザザッ、とスライディングする勢いで飛び込んだのは、屋敷の一番奥突き当あたり、うす暗い影になっている場所。
床には、いかにも厳重です、と言わんばかりのガッチリした鉄製の扉が埋め込まれている。
(よし、このカギで……)
預かったカギをブスッと差し込むと、重苦しい音を立てて、ギギィ、と開いた音がする。
「よし! 後は、中の様子だけど……」
地下は真っ暗――かと思いきや、下がっていく階段を照らすように明かりが壁についている。
今まで、照明器具についてなにも気にしていなかったけれど、そういえばこの世界、電気という概念があるんだろうか。
不思議に思って明かりを見ると、電球の代わりに小さな宝石のようなものがついていた。
よくファンタジーものにある、魔石とかそういう類のものなのかもしれない。
「っと、それどころじゃない! 早く二人を見つけないと!」
のんびりしている余裕はない。
幸い煙は入ってきていないようだが、いつまでも平気とは限らないのだ。
ドドドッと勢いよく階段を下りると、目の前にはすぐに廊下があった。
地下ゆえにか、かなり狭い。
左右に扉が八つあり、パッと見、まるで鉄製の牢屋が並んでいるかのように見える。
「カギはないみたいだし……とりあえずシラミつぶしだ、えいっ!」
とりあえず片っ端から確認する、と意気込んで、一番手前右のドアを開けた。
目に入る部屋は、やはり狭かった。新入社員用の社員寮のワンルームくらい、といえばわかりやすいだろうか。
いや、それよりなにより、だ。
「ウソ!? 一番最初に……あたり!?」
部屋にはベッドが二つ置かれ、右にはエリアスが、左にはヴィルクリフが、そのまま寝かされていたのだった。
「ふ、二人とも! 起きてください!!」
パンパンパン! と両手を叩いて音を出しながら近寄るも、二人は眠ったまま目を覚まさなかった。
看病している人がいたのか、真ん中の小型テーブルには水差しとパンも置かれているが、手をつけられた様子はない。
「まだ、目覚めてない……?」
あれから、けっこうな時間が過ぎている。
例の睡眠玉とやらがよほど強力だったのだろう。
くっ、とこぶしを握り締め、キョロキョロと周囲を見回す。
狭い部屋だ。他に人の気配も当然ない。
「こうなったら……やってみるしかない……!」
ボロボロのローブのポケットから杖を取り出して、まずエリアスの額に片手を押し当てる。
二人は、怪我をしているわけじゃない。
だから、慎重に。彼の不調を取り除く――というより、睡眠玉の効力を打ち消す、というイメージで、魔力を杖に注ぎ込んだ。
(エリアスさんが目覚めない原因となるものを……すべて、消し去る……!)
さっき、アスタリカを救った時のように。
杖に魔力を集めて、そのままエリアスの体に作用させていくイメージ。
(痛みを与えないように……起きて、エリアスさん……!)
杖に込めた力を、注ぎ込む。
そう思った瞬間だ。
パァッ
ピカッと杖の宝石が白く輝いて――杖が、ひとりでに宙に浮いた。
「えっ、え?」
思わず杖から手を離すと、杖はピカピカと光を発しながらエリアスの額の上に移動し、
パチンッ!!
物理的に、彼のおでこを引っぱたいた。
「え、ええ……?」
呆然とその光景を見ているしかできない私の前で、はたかれたエリアスは、眉をグッとしかめた後――パチリ、と目を開けた。
「ん……痛いわね……」
寝起きらしい間延びした声と共に、彼はゆっくりと体を起こした。




