75話 ~火事3~
「……これは、まさか」
私が治療する時点で、呼吸が止まっていた?
だとしたら、体の傷だけを治したとて――。
(いや、まだ間に合う……間に合うと、思うしかない……!)
治れ、治れと念じて、魔力を流し込む。
しかし、火傷や内臓の損傷は治療されている感触があっても、心臓の鼓動が、呼吸が戻らない――。
(なんで……まさか、本当に死……!?)
いや、生きている。まだ、きっと生きているはず!
額から脂汗を流しつつ、必死に念じている、と。
「……えっ?」
ボトッ、とふところからなにかが転がり落ちた。
視線を向けると、それは杖だ。あの、グランチェスタの店で貰った。
杖。そうだ――杖は、魔力をコントロールするためのモノ、と聞いた。
今の自分の力をもっと増幅させられるかもしれない。
「よし……! お願いします!!」
落ちた杖を拾い上げ、右手と左手の指で挟むように持ち、そのままアスタリカの背中に押し当てる。
(治って……生き返って……傷も、火傷も……全部!!)
強く強く思いを念じ、グッと唇を噛み締めた、瞬間。
バツンッ、パァッーー!!
なにかがはじけ飛ぶような激しい音と共に、真っ白い閃光が辺りを覆った。
「ひぇ、まぶし……っ!!」
思わず両手で目を覆い、杖を取り落とす。
「お、お母さん……!?」
少年が慌てた声を上げる横で、シュウゥ、と光が次第に収まってくる。
元通りに戻った光景の中、視界の先には、変わらず女性が横たわっていた。
けれど、その、背中は。
「お、お母さん……!? い、息、してる……!!」
少年が、ひしっと倒れたアスタリカに抱き着いた。
そのまま、わんわんと涙を流して寄り添っている。
アスタリカのおびただしいほどの火傷痕はすっかり消え去って、痛ましかった横顔も、安かな表情に変わっていた。
背中が呼吸で上下し、口もわずかに開いていることから見ても、どうやら息を吹き返したようだ。
「本当によかった……よかった、んだけど」
杖をスッと引き、ヨロヨロと立ち上がる。
それに伴い、ポロポロと体から繊維が落ちていった。
そう、繊維だ。グランチェスタからもらった、まともなローブの残骸の。
「この……なに? 強力な魔法を使うと、服が破ける仕様……」
無残だった。
せっかくのシンプルなローブは、たった今、アスタリカを助ける魔法を放った瞬間、爆散してしまった。
今はかろうじてボロッボロの布をまとっているが、正直かなりギリギリである。
(まぁ、助けられたからいいけどね……!)
少年の意識がアスタリカへと向いているのをいいことに、そそくさと崩壊している建物のガレキを盾にして、声をかける。
「このままここにいたら危険ですよ。早く逃げましょう」
「あ、う、うん、ありがとう……って、え?」
彼は涙にぬれた目をぬぐってこちらを見て、一瞬硬直した。
あっマズイ。声をかけるのにちょっと身を乗り出しすぎていたようだ。
「ちょっと、服が炎で燃えちゃったんです。お気になさらず」
「え、だ、大丈夫、なんですか……?」
「熱には耐性があるんでへっちゃらです。それより、お母さんを起こせます?」
「あ、は、はい……」
子どもはあっけにとられているが、今は丁寧に説明している場合ではない。
彼は素直にうなずくと、うつぶせの彼女を起こして、肩をゆすった。
「お母さん、お母さん、大丈夫?」
「ん……?」
と、揺さぶられた彼女は、ゆっくりとまぶたを見開いた。
ぱち、ぱち、と数度まばたきをした後、
「ん……わ、私は……? っ、こ、コレード!?」
「お母さん!!」
息子を目にしたアスタリカは、ハッとした表情で彼をギュッと抱きしめた。
「よかった……よかった、無事で! ケガは……火傷はないか!?」
「うん……うん。大丈夫。お母さんこそ、大火傷で死にかけてたんだよ! 体、平気?」
「大火傷……? しかし、私は……」
息子の言葉に、彼女は戸惑う様子で自らの体を見下ろした。
指や手を動かしてみたり、顔に触れたりしている。
どうやら、状況がわからないくらい、体の調子は改善したようだ。
「アスタリカさん、目が覚めてよかったです」
「な……君は」
まさか、他に人がいるとは思わなかったのあろう。
アスタリカの眼差しが、一層鋭くこちらに向いた。
「えぇと……どうも。あの、息子さんを連れて、外に避難していただければと」
なにも言わずに立ち去ってもよかったのだが、それも不親切だろうと片手で外を指し示した。
「そ、それはもちろんだが……君はどうしてここに。まさか、今回の火災になにか」
「お母さん! その人が、お母さんの火傷を治してくれたんだよ!!」
「……そう、なのか?」
疑い半分、混乱半分の視線がこちらを見る。
これは見せた方が早いな、と、彼女たちに近づき、ひざをついた。
「えっと、コレードくん? 太ももをちょっといいかな」
「な、コレードに何を」
静止しようとアスタリカの声がかかるが、その前に彼の太ももに腕を伸ばした。
くっきりと痕が残っている痛ましい火傷の痕。そこに、触れる。
「なっ……!?」
「え、あ……おれの傷……!」
パアッ、と白く輝きが満ち、火傷の痕はきれいさっぱり消え去った。
(これくらいの傷だったら、やっぱりすぐに治せる)
ホッと息をついて、立ち上がる。これで説明は省けただろう。
「こんな感じで、治療させて頂きました。後遺症とかは残らないのでご心配なさらず」
「わあ……痛みがなくなった。お姉さん、ありがとうございます」
「いいえ。お母さんは混乱してるようだし、いっしょに避難してくださいね」
目の前で治癒の光景を見せたものの、アスタリカはポカンと大口を開けて固まってしまっていた。
あっヤバイ。服装がボロボロのままだった。
サッと再びガレキの裏に身を隠し、移動しようとして――あっ、と気づいて端からひょっこり顔を出した。
「アスタリカさん、すいません! 他に逃げ遅れている方います!?」
「あ……あ、ああ……いや、どうだろうか……私たちのこの部屋が一番奥だから、そこに至るまで人がいなかったのなら、いないと思うが……」
「え、じゃあ、エリアスさんたちは!?」
「……エリアス……ああ……!」
食い気味に尋ねると、彼女はようやく頭が回り出したのか、グッと胸をおさえた。




