74話 ~火事2~
「うぅぅ……っ! し、視界が悪い……っ!!」
もくもく煙が充満する建物内。
中途半端に燃えている箇所が多すぎて、どんどんガスが充満していく。
あちこちが崩れていることで、風が多少そちらに抜けはするものの、焼け石に水といった様子だった。
(それにしても……やっぱり、この体はすごい)
まだ一階部分を少し走っただけだが、熱の残る床を走っても、炎の吹きさらす箇所に近づいても、火傷ひとつ負わない。
そもそも空気自体、一酸化炭素中毒になり兼ねない濃度だと思うが、まったくなんの違和感もなく動けている。
(私は、水の魔法は使えない……だから、一刻も早く、生存者の救助を。特にエリアスさんとヴィルクリフさん……!!)
火に耐性があるとわかればこっちのものだ。
炎に巻かれグラグラと柱が揺れる横でも、キョロキョロと周囲を見回す。
「だ、誰かー!! 逃げ遅れてる人はいませんかー!?」
バキバキと、どこかで壁が燃える音がする。
ゴウゴウと火のくすぶる音に、割れた窓から吹き込む風の音。
かき消されないように大声で叫んでも、届くのはきっと近くだけだろう。
「くぅ……誰の返事もない……!」
そもそも、どこに人がいるんだろう。
エリアスやヴィルクリフがいる場所すらわからない。
しらみつぶししてもいいが、この炎の勢いがどこまで大きくなるやら――。
「……け……」
「ん?」
パチパチとなにかが爆ぜる音の合間に、小さく聞こえたなにか。
聞き間違いでなければ、人の声の、ような。
「だ、誰かいますかー!? 返事してくださーい!!」
炎のくすぶる音に紛れないよう、ひたすら大声で叫びまわる。
すると、
「……こっち……! こっち、です……!!」
今にも消えそうな、かぼそい声が耳に届いた。
「今すぐ向かいますね……!!」
熱でバキバキと壁がきしむ方向へ、全力で走り出す。
床はすすけて黒く焦げ、窓ガラスはバキバキにひび割れている。
あちこちが壊れて視界が暗い中、皮肉にも、火の明かりが道しるべとなって、あちこちを照らしていた。
「……っ、こっちか!」
かすれた声のする方へ飛び込むと、恐ろしい光景が広がっていた。
「うぅっ……た、助けが……」
「……こ、これは」
そこには、二人の人間がいた。
一人は、まだ幼い、十歳くらいの男の子。
うるうると瞳に涙をためながら、傍らのもう一人に縋り付いている。
そして、もう、一人は。
「あ、アスタリカ、さん……!?」
彼女はうつ伏せに倒れ、美しい銀色の髪は半分以上がすすけてちぎれている。
右腕と右脚、というよりも右半身が焼けただれ、伏せた体は動かない。
「お、お母さん……お母さん、が……!」
「……お母さん? あ、あなたは」
惨状に言葉を失っていると、傍らの少年はボロボロと涙をこぼし始めた。
「お、お母さんが……おれを、助けようとして……」
とぎれとぎれに嗚咽を漏らす少年は、確かにアスタリカと同じ髪の色をしている。
彼は太ももとひざにやけどの痕がついているものの、他に大きな傷はない。
彼女――アスタリカが防いだと思われる大きな焼けた柱が、となりに半壊状態で倒れていた。
「……ちょっと、容態を見せてください」
「え、あ……あんたは……」
少年は、突然現れたこちらを、警戒心むき出してにらんでくる。
屋敷の誰かが助けに来てくれたのだと思ったところ、見知らぬ謎の女が来たのだから当然かもしれない。
「説明してる時間はありません。……彼女を助けたいなら、そこをどいてください」
「っ……く、っ」
懇切丁寧に説明したいところだが、正直時間がない。
強い口調で言い切ったこちらに、まだ幼い子どもは強く出られなかったようだ。
いや、彼にしてみれば、母が死にかけているところだ。わらにでもすがりたい気持ちなのだろう。
「ちょっと失礼」
アスタリカの横にしゃがみこみ、そっと肌に触れる。
「……う、これは」
熱い。
火傷を負っていない場所まで、発熱しているかのようだ。
ぴくぴくと小刻みに動いているが、これが生きているからなのか、火傷で肌が焼かれているからなのか――。
(魔法の炎だ、ってテルルが言ってた……ふつうの火傷の状態じゃないかもしれない……)
早く治療しなければ、ガスも充満しているさなか、この子どもだって危険だ。
(とにかく……治療、してみるしかない)
アスタリカの隣に座り、そっと背中に手を当てる。
彼女は、自分を追い出した。しかし、それは領主である彼女の立場上、仕方のないことだ。
不審者を優遇すれば、屋敷内にいる使用人たちも不信感を持つだろうし、なんの証明もできなかった私が悪い。
町にいけ、と伝言と資金を与えてくれただけでも、温情だった。
(それに……助けたい。この子の為にも)
両手に力をこめて、目を閉じる。
傷口が治療されていくイメージで、魔力を流しこんでいく。今まで回復させてきた中で、一番、症状が重いかもしれない。
火傷はもちろん、打撲もある。おそらく、肺もガスを吸ってダメージを受けている。全身を、くまなく治療していく。
治癒が終われば、自然と目が覚めるはず。そう、信じて――。
「……っ?」
しかし、背中に押し当てた手のひらは、鼓動を押し返さない。
薄く目を開いて、彼女を見下ろす。
火傷やケガは治っている。しかし、彼女はさきほどと変わらず、うつぶせで倒れたままだ。
もしや、と思って口元に手を近づける。
――息を、していない。




