45話 ~魔力の吸収~
「まぁ、見ていたよりは聞いた、という方が正しいか。悪いが、わしは今、あまり力がなくてなぁ……泉に溶け込んで生きているだけでギリギリなんじゃ」
「エッ……そうだったんですか……?」
マジマジと、目の前の美少年を見つめる。
確かに、よくよく言われてみてみると、彼の姿は向こう側がわずかに透けていた。
もしや、妖怪じゃなくて――幽霊では!?
私が再び警戒態勢に入ったのを知ってか知らずか、美少年は長い髪をサッと払って、言った。
「ま、そんなことはどうでもよい。それより……」
と、雑に話を切り上げて、彼はスルスルとこちらに近寄ってきた。
当たり前のように、水の上を平行移動して、だ。
(うわ、やっぱり幽霊じゃ……)
人外じみた動きに私が鳥肌を立てていると、
「ふむぅ……」
じろじろと、間近でぶしつけな視線が私の全身を這いまわる。
正直、前の世界では不愉快だったそれも、この世界に来てすっかり慣れてしまった。
「はいはい、変な恰好ですよねぇ。似合ってないってことは重々承知しているので『変態』とか『変人』とか、えぐるようなことはなしで尾根がします……心にダメージを負うので」
「なにがじゃ?? わしが見ておるのは表面じゃなくて内面じゃ。……なかなか、面白い力を感じるのぉ、お主」
ニヤニヤと笑う妖怪は、スッと手を差し出してくる。
透けるように白い――いや、実際、少しばかり透けている子どもの小さな手を前に、私はビクッと警戒態勢を取った。
「そう怯えずともよい。……どうやら、お主はあまり力をうまく使いこなせていないようじゃなぁ」
「うっ……な、ナゼそれを」
「そりゃあ、妖怪のようなものじゃからのぉ。……あとは、まぁ、年の功、というヤツじゃな」
年の、功。
私は、思わずマジマジと目の前の子どもを見つめた。
何度見ても、可愛らしい顔つきの、色素の全体的に薄い美少年にしか見えない。
やっぱり、ファンタジー世界特有のなにかか。
「ふむ。……ほれ、手を出してみぃ」
「え、手、ですか?」
「そうじゃ」
ほれほれ、とまるでせかすように、彼の手が目の前で振られた。
(あ、怪しいーっ! で、でもなんかヤバいことだったら、例の不思議パワーが発動するだろうし……)
さすがに、この子どもが爆発四散することはない、と思いたい。
それに、からかってくるような感じは受けるものの、いつだかの小悪魔もどきに感じたような悪意だとか、恐ろしい圧のようなものは感じなかった。
「え、と……掴めばいいですか?」
「うむ。ここに載せればよい」
言われるがまま、覚悟を決めて手を伸ばす。
生白く、半透明な小さな手のひらに指を置く、と。
パアァァァ……
「わ、っ」
ふわっ、と指先に水色の輝きが光った。
今まで自分が回復させるときの真っ白の輝きとは違う、やわらかくてまろやかな、不思議な光だ。
それが、私と子どもの手を中心に輝きだし、夜の暗い空気を払うかのように、パアッと周囲一帯を光らせた。
「ふむ……なるほど。これは、予想以上に……」
美少年は目を細めて頷くと、輝きを宿した手を離し、自らの胸元へ触れた。
光はすぅっと彼の体に吸い込まれるようにして消えて、辺りはまた夜の闇に戻る。
「え……い、今のは一体……!?」
「ん? 今のは……というか……元気じゃなぁ、お主……」
「エッ!?」
私が状況が理解できずにあたふたしていると、目の前の子どもはなぜかグッタリとした表情をした。
体もなんとなく猫背になって、まぶたは今にも閉じてしまいそうなほど。
かくいう私は、体になんの変化も感じない。
当然ながら、爆発の起きる気配もなかった。
「え、と……なにか、したんですよね? 今の光とか」
「ああ。……お主の力を、少し貰ったんじゃ」
「……はぁ!? な、なにしてくれてるんですか!!」
妖怪かもしれない謎の人物に、魔力を奪い取られた!?
私はあまりにも衝撃的過ぎて、ザザッと後ずさった。
しかし、彼はダルそうな表情のまま、「あー」と片手をゆるく振る。
「お主の全身から、魔力は湯水のように湧いてきておる。その一部を分けてもらっただけじゃ。たぶん、かなり少量だったんじゃろう。……実際、お主はまったく疲れておらんようだし」
「え、はい、まぁ……というか、そちらの方がしんどそうに見えますけど」
「うむ……なんとも特殊な魔力じゃ。味見程度のつもりが、とんだものをとりこんでしまったわ……」
と、ごしごしと目をこすりつつ、彼は泉に下半身を沈めた。
ちゃぷん、と水の音とともに、美少年は笑う。
「まぁ、お主にとっては、無駄に蓄積されつづけていた余分な魔力が発散されて、少しは肩が軽くなったろ」
「えっ……そ、そういえば……」
ぐるっと肩を回してみると、確かになんだか動きやすい気がする。
いやでも、そもそもこの世界に来てから、あまり体の不調を感じていない。
ただの気のせいの可能性もある、が。
私が半信半疑で泉に身を沈めつつある美少年を見つめると、彼はふわあと大きくあくびした。
「ん、わしは眠る。……この力は、強すぎじゃ……」
「えっあの、あ、ありがとうございました……??」
ブクブクブク、と、彼はそのまま泉の中に体を沈み込ませていった。
他には誰もいない、ひとりの夜に戻る。
エリアスとヴィルクリフはまだグースカ眠ったままで、木々の葉ずれの音と、わずかな風の音がする。




