46話 ~黄金の果物~
「……えっ……それ以上の説明とか……いっさいなし……??」
そもそも、名前を名乗ることも、教えてもらうことすらなかった。
その上、余剰分とはいえ、勝手に魔力を吸い取られて、ほっぽり出されて、終わり。
「この世界……ホント、私に優しくねーな」
ボソッと本音がこぼれた。
当然、誰からも返事はなかった。
「羊が4521匹……うさぎが1936匹……ペンギンが663匹……えー、と、キリンが111匹……だっけ? あぁ……セルフ動物園カウント計画が、早くもわやわやに……」
「……こっわ」
「あっ、ヴィルクリフさん、起きたんですね!」
あまりに夜が長すぎて、ひとりで羊やら動物の群れをカウントする、というむなしすぎる作業を続けているところを、バッチリ見られてしまったらしい。
ヴィルクリフはうつ伏せで上半身だけ起こし、腕枕をして、半眼でこちらを見つめている。
「起きた、が……なんだお前、寝てなかったのか? わけのわからん言葉を、ブツブツと」
「いやぁ、ちょっと記憶容量の限界にチャレンジをしていたもので……」
「なんで真夜中にそんなことしてんだよ……」
言い訳のつもりで放ったひと言には、さらにドン引いた表情が返ってきた。ひどい。
うーん、と腕を真上に伸ばして、空を見上げる。
だいぶ時間も経ったと思ったけれど、まだ朝日は昇っていない。
うっすら明るくなってきてはいるから、夜明けに近くはあるんだろうけど。
彼の隣のエリアスは、まだ眠っているようだった。
おだやかな吐息が聞こえる。
「ヴィルクリフさん、まだ起きるには早いですよ。もうちょっと休んだらどうですか」
「……そういうお前はどうなんだ?」
「大丈夫です。私はあんまり寝る必要ない体質なんで」
右手のゆびで、丸く円を作る。
試しに眠ろうとは何度かしてみたものの、まったくまぶたが重くならないし、意識も薄れないからあきらめたのだ。
「へぇ。……おれもまぁ、傭兵やら殺し屋やらやってたからな。もともと、あんまり睡眠はとらねぇし」
「エッそれよくないですよ! 人間、7~8時間睡眠プラス昼寝っていうのが一番健康的らしいですよ!」
思わず、ヴィルクリフのそばににじり寄って力説する。
この世界に飛ばされる前の健康番組でチラ見した程度の知識だから、どこまで本当かはわからないけど。
しかし、私が急に近寄ったせいか、ヴィルクリフはひるんだように身を引いた。
「そ、そういわれてもな……今日、こうして長く寝るのが珍しいくらいだし」
「あっ、じゃあ私の回復魔法使いましょうか? 癒されて眠くなるかも」
「そんな雑に使っていい能力なのか? それ……」
引き気味のヴィルクリフの反応が面白くて、つい、調子にのってしまった。
なんだか喉が渇いたような気がして、ヒョイと立ち上がって例の味なしブドウをひとつもぎ取った。
「ヴィルクリフさん、ふだんは割とガサツな感じですけど、意外と常識的なところもありますよね」
「おい……けなしてるのか褒めてるのかどっちなんだよ」
「いやぁ……なんか、面白いというか、変な人だなって」
ザバザバと目の前の泉で房を洗って、口の中にブドウを放り込む。うーん、薄味。
「……い、言われたくねぇ……お前に……!」
ヴィルクリフは私を見上げ、心の底からうめくように言った。
なんと失礼な。
「えー? じゃ、類は友を呼ぶ、ですかね? いや、似たもの同志かな~」
「お、お前と同類……だと……?」
ヴィルクリフは、呆然と自分の両手を見下ろしてショックを受けている。
なんと失礼な。
その顔にブドウでもぶつけてやろうかと振りかぶって、直前でハッと気づいた。
(あ、これ……私の力を使って、もっと美味しくとかできないかな……?)
あり余っている(らしい)魔力。
今まで使ってきた能力は、回復と幻覚返し、そして解毒。
あとは、チョロッと火も起こせたけど、それくらいだ。
でも、どれも切羽詰まったときに成功している。
「……おいしくなーれ」
「おい……怖ぇぞ。頭がどうかしちまったのか?」
ついに、ザザザッと物理的に距離をとり始めたヴィルクリフをシカトしつつ、再び手に力をこめる。
「おいしくなーれ……おいしくなーれ……」
「呪いかよ……」
「おいしくなー……れ!?」
と、私がブドウもどきを手に、ひたすら念じ続けていた時だった。
ピカッ
「おわッ!?」
パァッ、と手のひら全体が光った。
それはもう、ド派手に。
黄金色に――いや、金色、そのものに。
「え……えぇ……」
「……食えねぇな、それ」
私が呆然とその物体を見つめていると、真正面でバッチリ一連の流れを見ていたヴィルクリフが、呆れた声を出した。
ブドウ。さっきまで、みずみずしかったそれ。
今や、うす明るい空気の中で、キラキラと――黄金色に輝いている。
「あんたね……ワケわかんない能力を開花させるの、ほどほどにしておきなさいよ」
「あっエリアスさん……いつの間に……??」
私が黄金の果物を手にポカンとしていると、身を起こしたエリアスが額に手を当ててこちらを見ていた。
まぶたは半開きでまだ眠そうだったが、発する声はしっかりしている。
「そりゃあ、これだけ二人でワイワイしてれば、目も覚めるでしょ……」
ふわあ、と小さくあくびをした後、泉の水でバシャバシャと顔を洗っている。
ヴィルクリフもようやく起き上がると、呆れ気味に腕を組んで私を見下ろした。




