44話 ~妖怪~
この有り余る朝までの時間。
せっかくであれば、有意義に活用したい。
足を水につけたまま、よし、と気合いをいれて、両手を胸の前に伸ばす。
「……火、でろ!!」
……シーン
「……水、こい!!」
……シン
「……風、ふけ!!」
……シーン
「……役立たずじゃん」
ペタン、と手を土の上に下ろした。
まさか、いっさいがっさい、反応がないとは。
少なくとも、洞窟に入るとき、火はついたっていうのに!
「魔法なんて、ロクに使ったことないし……! もしかして、なんか祝詞的なものが必要……!? だったら、どうしようもないじゃん……!!」
バシャバシャと両足で水を掻きまわしつつ、小声でぶちぶちと文句を言った。
「いや、そもそも、なんで服を着られないの……!? フツー、こういう異世界に来たら、特殊能力でもって、バンバン魔物やら敵やらやっつけて、感謝されまくるのが定石でしょ……!? どうして、半裸状態で魔女よばわりされつつ、ギロチン台につれていかれなきゃならないの……!?」
夜の静かな空気にあてられて、今までせき止めてきた思いがボロボロとみっともなくあふれ出した。
「あんまりだよ……回復魔法が使えたおかげで、人が死ななかったのだけは幸いだけど……なんで爆発……物騒すぎる……」
グスッ、と半泣き状態で、バシャンバシャンと雑に水を蹴り飛ばしている、と。
「あー、うるさいのぉ」
「…………!?」
いかにも今おきたばかり、と言わんばかりの眠たそうな子どもの声が、どこからともなく聞こえてきた。
(……!? だ、誰かいたの……!?)
慌てて両手で口をおさえて、息を殺してキョロキョロと目だけで周囲を見回した。
これだけ騒いでおいて今更ではあるものの、正直、めちゃめちゃ恥ずかしい。
誰だかわからないが、聞かなかったことにしてくれないだろうか。
(そ、そもそも、敵!? それとも味方!? いや、一般人……!?)
無害な相手なら、まだいい。
でも、もしかしたら追っ手という可能性だってある。
極力物音を立てないように、おそるおそる周囲の様子をうかがっている、と。
「そっちじゃないぞ。下じゃ、下」
「し、下……!?」
フッ、と間近で聞こえた声に、ハッとして足元を見る。
「え、下、下って泉だけ……どぉぉおおお!?」
ザッバアァァン!!
と、目の前の泉から、激しい水しぶきが立ち上がった!
「え、え、ええぇ……!?」
「ふむ、なんじゃ。妙な恰好の女子じゃのぉ」
声は、その水しぶきの中から。
立ち上った水柱が収まり、視界が開けてくる、と。
「うっわ……まぶ、まぶしい!! イケメン!? なんかめっちゃイケメンの子ども……!?」
ババッ、と両手で思わず顔を覆った。
そこには、銀髪かつ、顔立ちの非常に整った美少年がふわりと水の上に浮いて立っていた。
服装は、元の世界でいう弥生時代のような白い着物をまとっている。
髪の毛も、腰を通り越して地面につくのではないかというほど、長い。
「はぁぁ……こういう古風な語り口のキャラって、たいがい幼女かこういう少年ってのが鉄板ね……」
「なんじゃ。よく意味がわからぬが……もしやバカにしておるのか?」
「いっ、いえいえ、滅相もない! というか、まさか……あなた様は神様!?」
水の上にたたずむ美少年は、月の光を浴びて、なんだか神々しい光をまとっている。
水の中から現れた登場の仕方といい、ただの人間とはとても思えない。というか、ゼッタイ人じゃない。
「ふむ、その呼び名は少々荷が重いのぉ。ワシはどちらかというと、妖怪に近い類じゃからな」
「よ……妖怪!?」
まさか、この世界に妖怪という概念があるなんて!
顎に手を当てて、うーんと悩む姿は、見れば見るほど美しい。
魔の者とはとても思いたくないほどだが、もしや、それこそが罠だったりするんだろうか。
「で、でも……っ、妖怪は、自分のこと妖怪って言わないですよね?!」
「まぁ、べつに人をとって食うわけでもないから、なんともいえんがのぉ。それに、こうして人と対話するのなんて久々じゃから、駆け引きの仕方などすっかり忘れてしもうたわ」
アッハッハ、と豪快に笑う美少年に、なんだか毒気が抜かれてしまった。
緊張して固まっていた体から力が抜けて、両手を床にペタンとつける。
「は、はぁ……その、妖怪様は、いったいどうして私に声をおかけになったんですか?」
泉からザバッと水を切って表れて、こうして目の前でのんびりしゃべっている姿は、とても異質だ。
このフレンドリーさを考えると、悪意があるわけではないようだけど。
「ん? 真夜中に、ブツブツとくだを巻く声が聞こえてきたから、どうにも気になってのぅ。なにせ、ヒマじゃったし」
「……さいですか……」
「あと、昼間にもここで騒いでおったろ? まさか、あの毒の果物を口にして、死なずに済むとはなぁ」
「あっ……見てらしたんですか? っていうか、だったら助言してくれたらよかったのに……!!」
毒、ということまでわかっているのだ。
あの場で『食べたらマズい』って一言でも言ってくれたら、エリアスが倒れることもなかったのに。
私が唇をとがらせてブーブー言うと、彼は苦笑いした。




