43話 ~夜~
そして夜。
二人がすっかり、寝入った後のことだった。
(うーん、眠くない!!)
草むらの上にただ寝転がって、大の字で空を見上げる。
この身は不死身の怪物よろしく、空に星がチカチカとまたたいている今も、いっこうに眠気が訪れなかった。
いや、当然といえば当然か。
なにせ、まったく疲れを感じていないのだから。
(二人は、グースカ寝ちゃってるのになぁ)
年下の男性二人は、同じく草の上に寝転がって、すっかり夢の中らしい。
布団もない、ビニールシートもない、いたって寝心地の悪い土だ。
でも、それが苦にならないくらい、きっと疲れ切っていたんだろう。
「……いろいろ、あったしなぁ」
色々あった。あり過ぎた。
まだ、この世界に飛ばされてからさほど日数も経っていないというのに、だ。
(この体も……)
水色のフリルエプロンに包まれた体をそっと見下ろす。
右手を持ち上げて、こぶしを握って、開いた。
なんの変哲もない、今まで数十年を共にしてきて右腕。なんの代わり映えもない。
それなのに、この手は魔法を使えた。
人を回復させ、危険物を爆発させ、毒を治癒した。
人ならざる力を、使ってきた。
疲れないのも、マトモな服を着られないのも、この体を流れるという魔力のおかげ――いや、魔力のせい、なんだろう。
(ありがたいのか、ありがたくないんだか……)
結局、あの記憶喪失がなんだったのか、というのも解明できてはいない。
呪いを晴らしたヴィルクリフと、解毒したエリアス両名にその症状が現れていないことを考えても、あの小悪魔もどきのせい、という可能性が高い気がする。
だとしたら、私は魔女の疑いかけられ損、というわけだ。
(カーッ、悔しい!!)
結果的に助かったものの、ギロチン台にまでかけられたのだ。
ぜったい、いつか、どっかであったら仕返ししてやる!!
グッ、とこぶしを握り締めて虚空に向かってシャドーボクシングする。
…………
誰からも反応は、当然返ってこない。むなしい。
チラッ、と横たわるエリアスを見下ろした。
さっき、ここに転移したときにも眠っている姿を見たが、やっぱり美しい。
月光に負けず劣らず輝く金色の、つややかな髪。白くて、冬季のようになめらかな肌。
しゃがみこんで、ジーッと見つめても、まったく起きない。
(……うーん。解毒の副作用は特に無さそうかな)
まじまじと顔や髪、首筋や手足を確認する。
実はニキビができちゃったり、ちょっと髪がハゲたり、なんて副作用があったらイヤだな、とコッソリ思っていたけれど、そういう心配もなさそうだ。
あの後、三人してブドウもどきを食べて腹を満たし、代わる代わる水浴びをしたけれど、特に変なこともなかった。
現状、なにも副作用はない、という認識でよさそうだ。
「こっちも、なぁ」
私をはさみ、反対側でグースカ寝ているもう一人の顔も見下ろした。
(はー、こっちもイケメンなんだよなぁ)
長い黒髪が、サラリと大地に広がっている。
ロクに手入れもしていなさそうなのに、女子の私よりもサラサラだ。
ツン、と軽く額をつついたが、ヴィルクリフは「んが」と声を上げただけで、案外姿勢よく眠っている。
弟と、エリアスと、自分の命の三つを秤にのせて、あっさりと自らの命を手放そうとした男。
私のことを、魔女だのバケモノだのとからかってはくるものの、蔑んだり見下したりすることは、決してなかった。
(二人とも……本当に、いい人たちだよねぇ)
ポンポン、と眠る二人の頭をなでる。
年下とわかっているせいか、なんだか姉のような、母親のような、そんな気持ちになってしまう。
二人とも顔が整いすぎているうえ、あまりにも現実離れした状況のせいで、恋愛感情はいっさい湧いてこないし、おそらく二人も同じだろう。
幸せになって欲しいなぁ、と、まるきり保護者のような心境で、頭をナデナデした。
(さて……朝までどうしたもんかなぁ)
眠れない。とくれば、その間のヒマつぶしが必要だ。
しかし、話し相手は仲良く眠りの国に旅立ってしまっていて、自分ひとりだけが、この夜の国に取り残されてしまっている。
「いやー……長いなぁ」
二人のそばから離れ、目の前の泉のそばにしゃがみこむ。
エメラルドグリーンの水は澄んでいてとても美しく、手のひらをひたしても、いつぞやのように割れることはない。
(……この世界に来て、なんだか、今が一番ホッと落ち着いた、って感じ)
ふぅ、と小さく呼気を吐き出して、手首を泉から引き抜くと、代わりに両足を水に浸した。
土の上に尻を置いて、ピチャピチャと、子どものように水を跳ねさせる。
別に、面白くもなんともない行為だ。
でも、無心になれる今の時間は、思ったよりも悪くなかった。
「あー、そうだ。……魔法の練習とかしてみるか?」
ぱしゃん、と水を跳ねさせてしばらく。
そんな考えが、ふと脳裏にひらめいた。




