123話 ~崩れる家~
(でも……町の受付を通しているはずなのに、いなくなった人のことを疑問に思わなかったんだろうか……いや、そこまでキッチリ管理なんてしていないのか)
町へ入る時の受付は、行方不明者の話などいっさいしていなかった。
受け入れだけ確認して、出て行くのはフリーなのか。
「は……は、はっ」
考え込む私の前で、もはや抵抗できないはずのザンギスが、ふいに笑いだした。
低い声でうなるように始まったその笑い声は、次第に大きく、ゲラゲラと寝室に響き渡る。
「な……なんですか? もしかして、頭がおかしく……?」
追い詰められて、もしやイカれてしまったのだろうか。
杖を片手に、男をにらみつける。
するとザンギスはバカ笑いを続けながら、窮地とは無縁の、余裕に満ちた顔をした。
「お気楽なこったな。これで、おれが終わるとでも?」
「両手両足を拘束されてなにもできない状態で、悪あがきですか!?」
ビシッ、とザンギスを指して言い放つ。
コレマジで悪役側のセリフでは? と内心思ったが、さらに続けた。
「さあ……あなたが殺した人たちはいったいどうしたんです!?」
「は……ははは」
ザンギスはこちらの問いかけに答えず、まだ笑っている。
バカ笑いは、あざけるようなものに変わり、二ヤニヤと意地悪い表情は、悪夢にでも出てきそうなほど気味が悪い。
「え、エリアスさん、なんか……」
「ええ、様子がおかしいわね……町の人たちのところへ行って、他の人たちを呼んで来た方がいいかしら」
ザンギスの不気味さに、ぞわぞわと鳥肌が立つ。
捕縛はしてあるし、あとの処遇は町の人に任せた方がよさそうだ。
そのつもりで、エリアスと共に部屋の入り口まで後ずさった時、
「殺した人……殺した人たち、ねぇ。どこにいるか、教えてやろうか」
ザンギスが、二ヤニヤと笑みを浮かべたまま、ガンッと床を蹴った。
「そいつはなあ……この寝室の真下さ」
「……はい?」
真下。それは、埋め立ててあるということか。
困惑するこちらを、ザンギスはもう、見てすらいない。
ただ、不気味に笑ったまま、ガンガンと床を蹴る。
「本当だったら……アイツには、一番におれが会いたかったが……こうなっちゃあ、仕方がねえ」
ザンギスは、バカ笑いから一転、自嘲するように口をへの字に曲げた後――ガリッ、と下唇を深く噛みしめた。
つぅ、と唇から赤い血が滴り、ポタポタ、と床へ落ちていく。
「な、なにを!?」
ギョッとして再び近づこうとするも、エリアスに肩を掴まれて止められる。
「待って、ハナ! なにか企んでるわ!」
「もう遅ェよ。さあ、おれの血を媒介にして現れろ。ここにいる三人の血を吸いあげて、復活しろ――!!」
ザンギスが、そう叫んだ瞬間だった。
バキッ――メキョッ
「わ、っ……!?」
寝室の床が、メキメキと音を立てて崩れ始めた。
下から吹き上がる風圧を受けてエリアスが落下しかけたのを、逆に腕を取って阻止した。
「あ、ありがと……こ、この穴は……!?」
さっきまでエリアスが寝ていたベッドが、奈落の下へ落ちていく。
「ハハッ……ふっ、ははははっ……!!」
床が落ちたことで触手が消え、自由になったザンギス。
彼は高笑いをしながら、自ら眼下の穴へ身を投じた。
「ハハ……ハハハ……!!」
笑い声が遠くなっていく。
穴の底はまっくらで、なにも見えない。
いったい、どれほど深くまで続いているのだろう。
「うぐっ……え、エリアスさん、大丈夫ですか……!?」
崩れた床に巻き込まれかけたエリアスを、グイッと全力で引っ張り上げようとする。
しかし、鎧をまとった男性ひとりの重量だ。とても持ち上げきれない。
崩壊しかけた床の、かろうじてまだ残っている部分に体が入ってはいる。
だが、不安定な足場は傾き、今にも落ちていきそうだ。
この穴に吸い込まれれば、よくて死亡。
悪ければ、ザンギスの行っていたらしいなんらかの魔術の糧とされてしまうだろう。
それだけは、なんとしてでも避けなくては。
「は、ハナ……っ、このままじゃ、あんたの腕がちぎれちゃうわ……!!」
「ふ、ぐっ……だ、大丈夫、です……っ!!」
返事をしたところから、ズズッ、ズズズッ、と、どんどん体が穴に引き寄せられていく。
ヤバイ。
この体にまとう魔力とやらは、筋力増強には効果がないのか。
ふんぎぎ、と聞き苦しい声を上げつつ、自分とエリアスの体は、ジリジリと傾き、今にも穴へ吸い込まれそうだ。
「くっ……ハナ、手を離して……このままじゃ……」
「グッ……は、離してと、ハナって、なんか……だ、ダジャレみたいです、ね……!」
「そっ……そんなこと、言ってる場合じゃないでしょ……!?」
決死の表情をするエリアスをからかうと、彼はギョッとして体勢を崩しかけた。危ない
「とにかく、お断りです……! 離しませんよ……!!」
「で、でも……このままじゃ、二人とも……!!」
ズズッ、ズズズッ
穴が、奈落が、ジリジリと差し迫ってくる。
冷や汗が額を流れ、エリアスをつかむ手のひらは白くなり、もはや感覚がない。
(くぅ……このままじゃ共倒れ……どうにかして、エリアスさんだけでも……!)
この身を流れる魔力とやら。
こんな時に役に立たなければ、いったいいつ、役立つというのか――!!
エリアスを掴んだ腕に、力がこもる。
眉間にシワが寄り、踏ん張った足がぷるぷる震えた。
全身の、ありとあらゆる力を、目の前の人を救うために。
「……ふんぬっ!!」
女子にあるまじき野太い声と共に、突如、全身に力がみなぎった。
いつの間にか、服のドクロが金色に輝いている。
これはまさか、精霊による加護なのか。
発熱したかのように、体全体が熱い。
今まで意識したこともなかったとてつもない力が腹の底から吹き上がって、指のさきまでエネルギーがほとばしった。
「エリアスさん……!! 今、助けますから……っ!!」
暗くポッカリと空いた穴。
そこから伸びる死という誘惑を振り払い、全身全霊をかけて――エリアスの体を、引っこ抜いた!
「えっ、あっ」
「はい? ……わ、あぁあっ!」
ぽーん
軽やかに持ち上がったエリアスの体は、私の腕からすっぽぬけて宙を舞った。
「うぐっ」
べしゃっ、と音がして、彼の体はくずれた家の壁に当たって、安全な床の上に落ちた。
「あっ……え、エリアスさん、すいません……! 大丈夫ですか……!?」
どうやら、勢いが余り過ぎたらしい。
力を使い終わると、まとっていた金色の光は消え、ドクロマークも色を失った。




