122話 ~触手~
魔物の後ろで、ザンギスが笑う。
イモムシが、ギチギチと牙を鳴らしながら、大きく体をしならせて間近に迫る。
頭が振りかぶられて、肌に触れる――。
「……っ、動きを止める!! いけっ!!」
杖を取り出し、眼前へ向ける。
脳内のイメージをハッキリと。
杖から縄がとび出し、魔物とザンギスを縛り上げる。
その想像を、強く、強く!
「……あ、れ?」
魔物は一瞬、私の大声に動きを止めた。
ザンギスも、驚愕で目を見開いた。
しかし、その場には、ただの沈黙。
なにも、顕現されはしていない。
確かに、イメージしたはずなのに。
魔物たちが、縄でグルグル巻きになるという想像を――。
「……はは、んだよ……ビビらせやがって……杖なんか出すから、デカイ魔法のひとつでも出すのかと思ったが……見掛け倒しにもなりゃしねぇ」
呆れたようなため息と共に、ザンギスはヤレヤレと首を横に振る。
動きが制限されている素振りもなければ、なにか魔法が作用している風もない。
(な……なんで!? やっぱり私には、才能がないの……!?)
両手で杖を握り、半泣きになりつつ体を震わせる。
全身にみなぎる魔力を杖に集めて、確かに前に放ったつもり、だったのに。
「残念だったな。……オイ、さっさとやれ」
ザンギスが、再び魔物へ命令を出す。
イモムシの魔物は、体を激しく左右に揺らすと、こちらを丸のみせんばかりに大きく口を開いて目の前に迫り、
――シュルシュルッ、ビッ
「……え……!?」
イモムシの動きが、私に触れる寸前で止まる。
と同時に、妙な音を立てながら、なにかが魔物の体に巻き付き始めた。
「ま、魔法が成功した……!?」
杖をグッと両手に握りしめる。
回復以外で、初めて攻撃として成功した魔法だ。
「クッ……き、気持ち悪ィんだよ、離せ!!」
魔法はザンギスにも作用したようで、巨大イモムシとザンギスの二人は、制限された動きをどうにかしようともがいている。
その姿を見守りつつ、しかし、クッと歯噛みした。
「成功した……成功したけど……どうしてこんな形に……」
湧き上がる歓びはある。
しかし同時に、ものすごく残念なような、微妙な気持ちも湧き上がった。
と、いうのも。
「クソッ……! なんだこの、不気味な植物のツルはぁ……!!」
ザンギスたちの両手両足に巻き付き、動きを封じているそれ。
その物体は、寝室の床を破って飛び出した、植物のツルだったのだ。
それも、やけに小刻みに左右に震え、つやつやと光っている、緑色の、だ。
(……ちょっとこれ……なんというか……)
想像したのは、こう、縄でグルグル巻きの簀巻きのイメージだったのだ。
創造力の欠如ゆえか、それとも縄が近くに無かった為、魔力がそこらへんの植物に作用したが為かはわからない。
緑のツルは、簀巻きというほど多重に巻き付くわけでもなく、腕や足、胴体にからみ、最低限の本数で動きを封じている。
その為、返ってなんというか、いたたまれない感じになっている。
ありていに言えば、ちょっと18禁ぽさがある。
「クッ……は、外せ!!」
「いやいや、外せるわけないでしょうが!!」
バタバタと暴れるザンギスとのたうつ魔物はそのままに、彼らの間を通り抜け、寝台に横たわるエリアスの肩を揺すった。
「エリアスさん、エリアスさん! 起きてください!」
「……っ、く、は、ハナ……?」
治癒の能力を使うまでもなく、彼はパチパチとまばたきして、ゆっくりと上半身を起こした。
「エリアスさん、お体の具合平気ですか? 睡眠薬を盛られたらしいですが」
「っ、大丈夫よ。一応、解毒薬持ってたから、先に飲んでおいたから……あんまり効果はなかったみたいだけど」
エリアスは、軽く頭を振ってから目の前の光景――ザンギスと魔物が縛り上げられている光景を見て、目を剥いた。
「ちょ……ハナ! な、なによアレ!! ヴィルクリフの友だち、あんなわけわかんない触手呼び出してたの!?」
「あ、いえ、そのぅ……彼が呼び出したのは横のイモムシの魔物でして……あの緑の職種はワタクシの魔法ですね……」
「……あんたの魔法……ほんとこう、規格外のばかりなのね……」
エリアスは、呆れと諦めと感心を混ぜたような、複雑な顔で触手を眺めた。
ザンギスたちの動きを抑えているそれは、それそのものが生き物のように、ウゴウゴと脈動している。
正直、モザイク処理した方がいいのでは? と言いたいくらいのビジュアルである。
「ぐぐぅ……外せ! この、っ」
「……なんか、かわいそうな感じになっちゃってるじゃない」
エリアスが、憐憫の眼差しを彼らへ向ける。
確かに外から見てみると、むしろこっちが悪者感すらあった。
しかし、状況をだいたい理解したらしいエリアスは、ツタでぐるぐる巻きのイモムシの魔物にサッと近づいた。
魔物は、イヤがるようにふしゅふしゅと牙の間からなにごとかを発している。これはこれで気色悪い。
「え、エリアスさん、危ないですよ」
「この魔物、放置しておくわけにいかないでしょう?」
シュッ――ザンッ
すらりと抜かれた銀色の刀身が、一刀のもと、真っ二つに魔物を分断した。
「クソッ……」
歯噛みするザンギスの体に、ちぎれた魔物の血がぶしゃっと降りかかる。
イモムシを拘束していたツルは、役目を終えたかのようにフッと宙に消え去った。
ザンギスだけが残り、二人で彼に向き直る。
「さて。……あなたは、このまま町の人へ突き出させてもらうわね」
「そうですね……どうやら、私たち以外にも大勢、殺しているようですし」
彼の話通りであれば、すでに十七人の犠牲者が出ている。
旅人たちの死体は、いったいどうしたのだろう。
あの魔物が残りを食らったのか、それともどこかに埋めてでもいるのか。
「なるほどね……昨日、宿屋でいろいろ話を聞いた時、ちょっと不思議だったのよね。旅人や商人をよく招いているような話を聞いたのに、あなたからはそういう話がいっさい出ないんだもの」
エリアスは、私の言葉に深々と頷いた。
「殺人犯を探すために、あなたに協力していたはずの人たち……その人たちはどうしたのかしら、と疑問だった。……殺していたのね、すべて」
まさに、養分扱いだ。
町人では、いなくなれば怪しまれる。
部外者である彼らを利用していたのだろう。




