121話 ~再びの相対~
「よ、養分……さっきも言ってましたけど、なにかを復活させるつもりなんですか……!?」
にじり寄ってくる男に、こっそりと懐に収めた杖を握りつつ、問いかけた。
「ああ、そうだ。かけがえのない、おれの恋人をな」
「こ……恋人……!」
その台詞に、昨日ヴィルクリフが話していた内容を思い出す。
結婚を約束していた相手が居たらしい、と。
「アイツは、おれがいない間に病気で死んじまった。だが……生き返らせられるって聞いたんだ。黒魔術を使えば、蘇らせられると」
ザンギスは、もう隠し立てする必要がなくなったと思ったらしく、ペラペラとしゃべり始めた。
「アイツを蘇らせるには、死んだ当人と面識がある人間と、なるべく能力の高い人間を……合わせて二十人殺せばいい。その肉体から内臓と血を魔法陣に捧げれば……蘇るんだ」
ザンギスは、いっさいの光を無くした瞳で天井を仰いだ。
「そ……それを、本当に信じているんですか……?」
思わず、喉が震えた。
どう考えたって、そんな都合のいい話なんてあるわけがない。
ただ、親しい人を亡くした辛さは、ザンギス本人にしかわからないだろう。
なにに縋ってでもいいから、蘇らせたかった。
その、苦しいほどのあがきの結果なのかもしれない。ただ、それでも。
「二十人を殺して、ひとりの人間が蘇るなんて……そんなこと」
殺された二十人にだって、大切な人間はいたはずだ。
ザンギスがやったことは、ただの独りよがり。哀しみを盾にした自己憐憫でしかない。
でも、そんなことを今の彼に言ったところで、きっと効果はない。
グッと唇をかみしめて、目の前の男を睨む。
「あなたは、騙されているんですよ……そんな、天変地異が狂うようなこと、あるわけがない……!!」
いくらこの世界がファンタジーであろうとも、死んだ人間を別の人間の命で復活させる、などがまかり通るはずがない。
しかし、睨まれた男はいっさい堪えた様子はなく、ニヤリと笑った。
「お前は、アレを見てないからそんなことが言えるんだよ。……おれは見たんだ、人が蘇る瞬間を」
「え……っ」
ザンギスは、ゆらゆらと体を揺らしつつ近寄ってくる。
よくよく見ると、足の動きはおぼつかず、まるで酒に酔ってでもいるかのようだ。
「殺すのは楽だったぜ……なにせ、手伝ってくれるからな……魔物が」
「魔物……えっ!?」
ぐわん、と再び彼の足元がゆがむ。
とっさに視線を舌に向けると、波紋のように揺れた床から、ぬぅっ、と触覚のようなものがとび出してきた。
「う、わ……!」
触覚はその場でピロピロと揺れた後、びちゃっ、と水のような音を立てて、徐々に姿を現し始めた。
「ま、魔物と手を組んだんですか……ザンギスさん!」
「手を組んだというより、差し伸べられたんだ……そりゃあ、取るだろ。だって、人間は誰一人……おれに、救いの手なんて差し伸べてくれなかったんだから、よ!!」
「うわっ!?」
ザンギスが突き出した剣の先を、慌てて避ける。
避けた後、あっ、避けなくても能力で爆散できたのに――と思うも遅く、ズザッと床の上でスライディングした時だ。
視界の端で、なにかが動いた。
「う、わ……き、気色悪……っ!」
それは、いわゆる、イモムシを巨大化したような生物だった。
頭部には、口とおぼしき丸い穴があり、ギザギザの歯がパクパクと開閉している。
大きさは、大の大人を丸のみできるほど。
全身はテカテカと粘液にまみれ、クリーム色に光っている。
「安心しろ。おれがお前を殺したら、コイツがキレイに内臓と血を体から抜き取ってくれるからよ」
ザンギスはくるっと刃を一回転させ、刃先を再びこちらへ向けてきた。
「ひいっ!? そ、そんなのお断りです……っ!!」
あのギザギザした歯に食らいつかれ、血や体液を啜られるかと思うと怖気が走る。
ウネウネと体を揺する魔物とザンギスに相対し、杖をグッと懐で握りしめ、両足をその場に踏ん張った。
「それに……さっきから、さんっざんバカにしてくれてますけど、私だって戦えるんですからね!」
「……へえ? そりゃあ厄介だな」
ザンギスはまるで信じていない口ぶりで、二ヤニヤと笑った。
「傭兵やってたおれに言わせりゃ、お前の立ち振る舞いは到底戦場をくぐり抜けてきたヤツの動きじゃねえ。そこで寝てるヤツは訓練された兵士の動きで、あの白いガキも案外動きにスキがねぇ……が、お前はてんでなってねえ。そこらの庶民といっしょだよ」
(くっ……悔しいけど、その通り……!)
武術を習ったこともなく、運動の成績も突出していない。
平凡そのままが人の形を作っている、それが自分だ。
カタカタと服の中で暴れる杖を握りつつ、奥歯を噛みしめた。
そんなこと、この世界に飛んだ時からわかっていたことだ。
天女にしてはふつうの顔だと言われ、魔女としてギロチンにかけられたり、不審者と思われて屋敷から追い出されたり。
そうして、逃げて逃げて、ここまできた。
能力が高い人であったら、この身を覆う魔力を使い、攻撃魔法のひとつでも早々に覚えて無双できたのかもしれない。
握る杖の揺れが、激しくなる。
「あとがつかえてるんだ。残り三人のうちの一人目……さっさと、殺される覚悟を決めてくれ」
目の前に、あの薄気味悪いイモムシがジリジリとにじりよってくる。
コイツが私の体に触れた瞬間、きっと、いつものように爆発四散するだろう。
けれど、それはたしかに、私の身を守ってくれはするが、それだけだ。
他の誰かを守る力ではない。
もう、それだけじゃ、ダメだ。




