124話 ~穴の中~
「だ……大丈夫……ちょっと体は打ったけど……穴に落ちるに比べれば全然マシだから……」
エリアスは意識があるらしく、倒れ伏した体から片手をひらひらと振ってみせた。
ホッと胸をなでおろし、倒れたエリアスの元へ駆け寄ろうとした、その時だった。
――バキッ
「ばきっ?」
足元から、恐ろしい音がした。
スーッと視線を下へ向けると、両足の先、板張りの床にものの見事にヒビが入っている。
「あ、っ」
映像が、スローモーションで流れていく。
上げようとした片足は宙を泳ぎ、伸ばした両手は、とうていエリアスがいる壁の方へは届かない。
「そんなバカな」
「えっ……は、ハナ……!!」
上下が反転した世界の向こう。
決死の形相で近づこうとするエリアスを身振りで抑え、
「き……気合いでなんとかします!! エリアスさんは、町の人を避難させて……っ!!」
と叫んでいる途中で、全身の落下が始まった。
(や……ヤバイ、ヤバイ……!!)
落ちていく。
穴の中を、暗い空間の中を。
見上げる視界の向こうには倒壊した家屋と、広い青空が見えた。
エリアスには『気合いでなんとかする』とは言った。
しかし、魔力でガードされた片手を穴の側面に押し当ててもひっかからず、体はドンドン下へ落ちていくばかりだ。
視界を空から穴へ向ける。
真っ暗な真下の底、ただの暗闇――と思ったそこからは、うっすらとむらさきの光が湧き上がっている。
よくよく目を凝らすと、その光は円形の形をしており、非常に大きな魔法陣のように見えた。
「……でっか! ていうか、穴、深っ……!!」
魔法陣のサイズは、遠目に見ても家一軒分くらいある。
こんなドデカイ穴が、よく今まで家の下にあって、崩れずに保てていたものだと感心すら覚えるほどだ。
もしかしたら、それも魔物の力を借りた、というヤツなのかもしれない。
それを聞こうにも、ザンギスはきっともう、あの下に――。
「く……こ、このままじゃ」
ぐんぐんと、落ちていく体のスピードは増している。
このままの勢いで落ちたら、常人ならば間違いなく訪れるのは死だ。
(精霊の加護とか、魔力のおかげで助かるかもしれない……けど、助からなかったら、ヤバイ!!)
頬のとなりをビュウビュウと風が切っていく。
ふつうなら目も開けていられない風圧に、しかし、この体は屈しない。
だが、助かるだろう、と思ってなにせず落下して、もし死んだら目も当てられない。
「あ……ザンギス、さん……」
底に近くなり、魔法陣の上に横たわる見知った男の体が見えた。
うつぶせに倒れ込んでいる彼は、ピクリとも動かない。
あの高さから落下したのだ。もう、命のともし火は消え去っているだろう。
このままいけば、自分もああなるかもしれない。
ゴクリ、と恐ろしさに喉が鳴った、その時だ。
「……えっ、魔法陣が……!?」
むらさきの光を発していた魔法陣が、不意に不気味に点滅した。と同時に。
ジワリ、と。
倒れ伏していたザンギスの体が、宙に浮きあがった。
(えっ……まさか、生きてる……!?)
あの状態で!? とおののいた私の視線の先で、ザンギスの体はプカリと宙に浮いたまま、停止した。
その手足はぐにゃりと力なく折れ曲がっていて、なんだか様子がおかしい。
なにかの力で、体が浮かされている?
私が見つめる中、うつぶせだったザンギスの顔が、動いたことでわずかに傾く。
能面のようにまっ白かった口がわずかに開き、暗い口腔から、どろどろと赤い血があふれだした。
「う゛……っ!」
思わず、両手で口を覆った。
彼の口からあふれた血は、そのまま、魔法陣に吸い込まれる。
それを皮切りに、ザンギスの口からありえない速度で血液があふれ出し、魔法陣にびしゃびしゃと降りかかっていく。
これは、おかしい。明らかに、なにかの力が働いている。
魔法陣は、血を帯びるごとに輝きを増し、おぼろげだった光がどんどん強くなっていっている。
思えば、あの高さから落下したザンギスの体が、木っ端微塵になっていないのもおかしい。
この魔法陣が、血を吸い取るためになにかしていたのか。
(わ、私も……どうにか、あの場に落ちる前に止まらないと……でないと、あれに……あれに、血と内臓を吸い取られる……!?)
口を抑えていた手を慌ててローブにつっこむと、杖がもぞっと動いて指に張り付いた。
あとはもう、死にもの狂いで魔法を発動させるしかない。
「止まれ……!! 止まって……!!」
集中、集中。
ぴたっと体が宙で止まるイメージ。
しかし、落下速度が速すぎて、いまいち像が結べない。
「……っ、ダメか……じゃあ、翼! 羽が生えて、空を飛ぶイメージで……!!」
まるで鳥のように、かろやかに舞う。そんな姿。
しかし、冷静な脳内が『この風圧では羽が生えても折れるのでは?』と考えてしまう。
「あっ、ダメだそういうこと考えちゃ……え、えっと、じゃあ、あのツル! さっきのツルなら、手足に巻き付いて落下を止められるかも……!!」
ついさっき召喚に成功した、植物のツル。
姿が、ハッキリと脳内に思い浮かんだ。
緑のツルが手足に巻き付き、ぎゅぎゅっと落下を止める、それを想像した瞬間――。
シュルシュル――ギュギュッ
「あ……成功、した……!!」
壁からニュルニュルと突き出した緑のツルが、勢いよく腕や足に絡みつき、すんでのところで落下を止めた。
ふつうであれば、落ちるスピードに負けてちぎれる。
もしくは、引っ張られた手足が抜けるかするだろうが、魔力のおかげか、痛みも負傷もなかった。
「ふ~……た、たすかった……」
ぷらんぷらんとツルに揺られつつ、改めて目下の魔法陣に目を向ける。
「……ひえ」
ザンギスは――いや、ザンギスであった物体は、すでに肉塊と化していた。
いや、肉塊と言うのもおぞましい。ペナッペナの、薄い一反木綿のような状態になって、魔法陣の上に伏している。
よくよく魔法陣を観察すると、同じく人だったと思われるもの――萎れて干からびた人間サイズの皮が、あちこちに散らばっていた。
(うっ……あれが、他の殺された人たち……)
ということは、ザンギスの両親と祖父も、同様に内臓と血を吸い取られたのだろう。
死体を隠す手段があるのに、わざわざ三人を発見させたのはなぜなのだろう。
最初の犠牲者で、隠す時間がなかったからか。
行方不明になると、町の人たちからの追及が面倒だからか。
それとも、肉親としての情が、せめて死体くらいはキチンと埋葬しなければ、と思ったのか――。
宙づり状態のまま思考を巡らせたものの、答えを持つ相手はすでに屍だ。
考えを止め、今度は空を見上げた。
早く、上に戻って、エリアスたちに無事を知らせなければ。
ツルに体を引き上げて貰いつつ、少しだけホッと息をつく。
ザンギスの決死の行動も、本人が死すのみで終わった。
つまり、死者は累計18人。
蘇生魔法とやらは、発動せずに止まったのだ。
このまま埋め立ててしまえば、これ以上被害が出ることはないだろう。
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※今回でストック分の掲載は終了となります。
次回の更新まで少しお時間をいただきますが、準備が整い次第あらためてお知らせします。




