119話 ~正体2~
「お前はまさに脳筋、って感じのバカで、しょっちゅうオレとケンカしてたよな。似た者同士っつーか類友っつーか……シャクだがよ」
やれやれと両手を振るヴィルクリフの表情に、偽りはない。
その反応を見て、ザンギスはがぜん元気を増して、うんうんと頷いた。
「ジジイたちのとこから逃げてたおれが、お前らに睡眠薬を飲ませてハメる、なんてするわけねえだろ? なあ?」
肩をバシバシ叩くザンギスの顔を見た後、ヴィルクリフは、ゆっくりと部屋の中を見回して、言った。
「黒魔術の本」
「……あ?」
くろまじゅつ。
突然飛び出してきた単語に、ザンギスはもちろん、私の動きも止まった。
しかし、ヴィルクリフはちらりとこちらを一瞥したものの、続けて言った。
「昔……お前、読んでたよな。薬学の本だっつってた大量の本に紛れさせて」
「な、な……なに、言ってやがるんだ……?」
今までと比べて、ザンギスは明らかに動揺し始めた。汗をかき、両手はふらふらと動き、声が乾いている。
ヴィルクリフは、そんな彼の目の前で、居間に置かれた本棚から、スッと一冊、本を抜き出した。
「お前の本、オレも読んだことあるんだよ。詰め所に雑に放置してあったしな」
午前中、ヴィルクリフと話をした時のことを思い出す。
確かにあの時、ザンギスは『実家から送られてきたっつー大量の本をイヤイヤ読んでた』と言っていた。
いや、黒魔術の本送ってくる実家とかある?
疑問に思った私の前で、ヴィルクリフはニヤリと笑った。
「あの黒魔術の本、実家からのじゃねぇだろ? どう紛れたのか知らねぇが……どうにも、きな臭い話ばっか載ってやがった。『人間の内臓や血を供物にして、命を生成する』だったか?」
「お、お前のカン違いだろ、おれはそんな」
「ああ、オレだって信じたくねぇよ。……お前の力になりたかったのは本当だ。でも……お前のジイさんと両親の死んだ状態は……あまりにも、コレに似てるよな?」
ヴィルクリフは、手に持った本をポン、とテーブルに広げた。
開かれたページには、五芒星によく似た、しかし微妙に歪んだ図形が描かれ、その下には、衝撃的な文字が書かれていた。
――『死者蘇生』と。
「傭兵時代、お前はいっつも家族に対してグチグチ文句言ってたよな。オレは、あれは愛情の裏返しで、文句言いつつなんだかんだ愛はあるんだと思ってた……今回、ここで死んだ家族に復讐をするっつった時には、手伝ってやりてぇと心底思った。……残念だぜ、ザンギス」
ヴィルクリフは、目の前のテーブルを力いっぱい叩いた。
「お前が、殺した。……お前がやったんだな、ザンギス」
ヴィルクリフの追及に、彼は口を閉じ、黙り込む。
さっきまでの、威勢のいい反論はない。
(……え? ちょ、待って……?)
ひとりだけ状況から取り残された自分は、混乱を落ち着かせようと深呼吸した。
ザンギスが、両親と祖父を殺した?
殺した後、儀式とやらの為に血と内臓を抜いた?
――いったい、なんのために?
『死者蘇生』と本には書いてあるが、彼が蘇らせたい死者こそが、祖父と両親ではないのか。
そもそもダイイングメッセージや、村から孤立している理由もわからない。
テルルも無言で二人の様子を見守っていて、聞くタイミングがない。
ハラハラと見守る私の前で、ザンギスは不意に、両手で顔を覆った。
「……ははっ」
小さな笑い声が、狭い部屋の中に満ちていく。
「あーあ。……なんでよりによって、最後に来たのがお前らだったんだよ」
ザンギスの振り上げた片足が――料理の乗ったテーブルを、豪快にひっくり返した。
ガッチャアン!!
あたりに料理が飛び散り、無残にワイングラスの破片が舞った。
「チッ、飲みモンだけじゃなく、料理にもクスリをいれときゃよかった」
舌打ちする男の表情は、今までこちらに見せていた気のいい青年の顔ではない。
人を見下したかのような、冷たい、別人の顔だった。
「だとしても、バレてたよ」
豹変した友人を前に、ヴィルクリフはたんたんと告げる。
「寝ちまったエリアスが飲み物、おれが揚げ物類、テルルがあっちの肉野菜系を食って、誰かが落ちたら……まあ、確定だろ、って思ってたからな」
ヴィルクリフがサラリと言ったセリフに驚愕する。
話のコシを折るの承知で、となりのテルルに声をかけた。
「あの……わ、わたくしは蚊帳の外だったんでしょうか……?」
「お主に言ったら、表情でバレそうだったかのぉ。犯人があの男かもしれないと知って、平気な顔で、同じ食卓を囲めるか?」
「……うっ、おっしゃる通りで……」
ぐぅの音もでない。
むしろ、明らかにガチガチの態度を取って、早々にザンギスに怪しまれていた気がする。
「それに……お主には戦闘で負担ばかりかけておったろ。杞憂であればいい事態じゃ……巻き込まずに済むならそれで、と思っておった」
負担。そんなことを三人が考えていたなんて。
テルルとヴィルクリフの顔を見つつ、恐る恐る問いかける。
「えっ……じゃあ、ずっと……その、ザンギスさんを疑って?」
「そうじゃ。ヴィルクリフの言った通り、怪しいと思って居った」
テルルは、幼い顔を厳しい表情に変え、ザンギスを睨む。
彼は、飛び散った食事を足蹴にしつつ、ヤレヤレと両手を振った。
「あーあ、やっちまった……せっかく、あと三人だったってのに」
「……あと、三人?」
「ああ。……ある人を生き返らせるための魔術の生け贄だよ」
「下法じゃな。……お主が祖父と両親を殺した理由が、それか」
「ああ、そうさ。……あいつら、おれの邪魔ばっかしやがるからな」
冷たい口調で言うと、ザンギスはダンッと足で壁を蹴った。




