118話 ~正体~
「え……え? ど、どういう、こと……」
まだ状況が理解できず、液体の入ったグラスと料理、そして、目の前に座ったままのザンギスへと視線を動かした。
彼は、さきほどの驚きの表情を怒りに変えて、静かに言った。
「このジュースは……村の市場で仕入れて来たもんだ。村の奴ら……まさか、ここまで……っ!」
彼は、ぎりぎりと奥歯を噛みしめた。
(……ザンギスさんが仕込んだのかと思ったけど……そうじゃ、ない?)
恨めしそうにぶどうジュースに視線を向けた彼に、いろいろな混乱で首を傾げると、
「そうじゃのお。毒ではなく、睡眠薬の類のようじゃが」
「えっ……なんでわかるんです?」
テルルが厳しい表情で言い放ったひと言に、ギョッと彼に視線を向けた。
「エリアスのヤツが、眠ってしまったからじゃ」
クイッ、と顎を寝室へ向けたテルルに、
「えっ、だってエリアスさんは、ワインの方を飲んで……!」
「そうじゃな。……だから、どっちにも入っておったんじゃないか?」
テルルは、なんてことのない口調で言った後、手持ちのグラスを揺すった。
「実はの、わしとヴィルクリフはまだ何も飲んでおらんかったんじゃ。エリアスだけがワインを飲んで……ああなってしもうた」
「そ……それは……」
「のぅ、ザンギス。こっちのワインも、市場で購入したんじゃろう?」
「え……あ、ああ……」
テルルの問いかけに、ザンギスはやや呆然としたような顔で頷いた。
「お主、相当やばい状態らしいのぉ。いよいよ、狙われておるようじゃ」
テルルはイスから立ち上がり、並ぶガラス瓶を一か所に寄せ集めた。
「チッ……なりふり構わずになってきやがったか……あいつらめ……!!」
ザンギスも立ち上がり、手元のボトルをドン、とテーブルに置いた。
そして、がりがりと頭を掻きつつ、ぺこりとこちらに頭を下げてくる。
「すまねぇ。まさか、こんなことになるなんて思わなかった」
「謝罪には及ばねぇよ」
ヴィルクリフがヒラヒラと片手を振って、一歩、テルルと私の方へ近づいた。
そして、並べられた瓶をひと通り眺め、頷く。
「ふーん……飲み物に、ね。なるほど」
そしてザンギスの手元にあった瓶を拾い上げ、しげしげと眺めている。
眠り薬。なんで、毒薬じゃなかったんだろう。
自分がそんなことを考えていると、ザンギスはググっと眉を寄せて、叫んだ。
「これでハッキリしたぜ……やっぱり、村の連中がおれのことを狙ってると……そして、うちのジジイと両親をやったと……!!」
「そうじゃのお、ハッキリした、というわけじゃ」
テルルも頷き、冷たい瞳でザンギスを見据えた。
「お主が……お主こそが、我々を害そうとした、ということが」
――えっ?
発そうとした言葉は、あまりの冷えた雰囲気に、声にならずに霧散した。
テルルはスッと目を細めて、目の前の男を睨んでいる。呆然と佇む――ザンギスを。
「は……は、はあ? なに言ってるんだよ。言っただろ、そのジュースもワインも、市場で買ったって」
「ふむ……では聞くが、そのワインをがぶがぶ飲んでおるはずの、お主はなぜ眠らないのじゃ?」
テルルの指摘に、ハッとザンギスのグラスを見た。
確かに、彼は乾杯もしているし、その後もどんどん酒を飲んでいた。
ヴィルクリフの手元に置かれた、ザンギスが持っていた瓶。その中身も、半分以上減っている。
「ぜ、全部に入ってるわけじゃねぇのかもしれねぇし」
「……ふむ? なるほど。では」
テルルが、ザンギスが持っていた瓶に手を伸ばす。
「これをハナで試すが、よいな?」
「……はあ、好きにしろよ。でも言っとくけどな、おれは薬屋の孫だぜ? 薬には耐性がついてんだよ。睡眠薬くらいならどうってことねぇ」
「ほお? ……なるほど」
ザンギスの呆れたような声に、テルルは再び動いた。さきほど爆発したワインの元の瓶を取り、空いているグラスに注ぐ。
「飲んでもらおうか、これを」
間違いなく、睡眠薬入りのジュースだ。
固唾を飲む皆の前で、ザンギスは一度チラッとテルルを見た後、ヤレヤレと首を横に振った。
「オイオイ。いくらおれでも、なんか入ってるってわかってるモノを、改めて飲む気にはなれねぇよ」
「なかなか、苦しい言い訳じゃな」
「はーっ、勘弁してくれよ。第一、なんでおれがあんたらを眠らせる理由があるっていうんだ?」
ザンギスはイスを蹴るようにして立ち上がると、バンッ、と強く部屋の壁を叩いた。
「おれは、両親とジジイ殺しの捜査を手伝ってもらってんだぜ? あんたらに怨みなんてねぇし、眠る場所だって貸してる。豪勢にパーティまで開いてやってるじゃねえか」
声に怒りをにじませる彼の言葉に、う、とたじろぐ。
言っていることは最もなのだ。
彼に、私たちを陥れるメリットはない。
おまけに、ザンギスはヴィルクリフの知り合いでもある。
万が一、ヴィルクリフのことを憎く思っていたとしても、他のメンバーまで巻き込む必要はない。
いや、手出しされないように、という可能性もあるだろうか?
必死に理由を考える自分の横で、テルルは深々とため息をついた。
「なるほどのぅ。認める気はないということか」
「認めるもなにも……そんな気はないんだから当然だろ?」
なにを言っているやら、と言わんばかりに、彼はテルルを睨みつけた。
「なあヴィルクリフ。お前も言ってやってくれよ、そいつらに。おれが、そんなことするわけがねぇって」
そして、今までずっと黙り込んでいたヴィルクリフに声をかけた。
「おれがお前にそんなことするわけねぇだろ? 傭兵時代、そりゃケンカもしたが……お互い、ばかなことし合って笑ってたじゃねえか」
「……ああ、まったくだな」
ヴィルクリフはひとつ頷くと、スッとザンギスの方へ近づいた。




