116話 ~夜の宴~
犯人が魔物とすれば、説明はつくかもしれない。
ただ、言葉を書けるとするならば、それなりの知性があると考えられる。
でも、その意図がわからない。
あのメッセージは内容から考えても、孫であるザンギスに向けてのものだ。
彼が町の人を疑い、避けることが、なにか特別な意味でもあるのだろうか?
「テルル……私、なんかすごく頭が混乱してきたんですけど……」
「ふむふむ。まあ、割とおぬしの考えはいつも突拍子もないしのぉ」
「し、辛辣……! でも、おかしいですよね。あの書き残し……あれって、間違いなくザンギスさん宛てじゃないですか。魔物が、ザンギスさんのこと知ってたってことですかね」
「…………」
テルルはこちらの言葉に、一瞬空を見上げて黙り込んだ後、
「そうじゃのお……もしかしたら、逆、なのかもしれんが」
「えっ……逆?」
「いや、まあ、確証のない話じゃ」
テルルはあいまいな言い方で言葉を濁した後、用意されていた入れ物いっぱいに水を収め、台車に乗せた。
「さて。あまりもたもたしていると、他の者たちにどやされてしまう。そろそろ戻るとするか」
「え、えーっ……テルル、ちょっと教えてくださいよ~」
意味深なコメントをする彼にまとわりつくも、それ以上、説明してもらえることはなかった。
「さて、今日の夕飯はいつも以上に豪華だぜ~!」
テーブルの上にずらりと並んだ食事に、おお、と皆から声がこぼれた。
内容は、揚げ物、肉類のオンパレードだ。
ドンと詰まれた唐揚げにトンカツ、手羽先。
野菜炒めに生姜焼き、厚めのステーキにハンバーグ。
(胃もたれしそうな並び……というか、こういう世界って、油とかどうやって手に入れてんだろ……?)
ファンタジー世界だし、商人が持ってくるとか、町の中で精製できるとかあるんだろうか。
そんなどうでもいいことを考えつつ、胸を張るザンギスに頭を下げる。
「すみません、こんなに豪勢なおもてなしをして頂いて……」
「いいってことよ! こんな大勢がうちに来るなんて滅多にないしな。昨日はおれが酔いつぶれてロクにもてなせなかったし、よ」
ザンギスはワインらしきボトルを開けて、私たち四人の前にグラスを並べた。
「酒いけるクチか? おっと、坊ちゃんはまだダメか」
「わしはこう見えても、けっこうな年じゃ。酒の飲める年齢はとうに越しておるので問題ない」
「なら構わねぇな。ま、こっちにぶどうジュースも用意してあるんだが……せっかくだし、飲んでくれよ」
ザンギスは、上機嫌でワインを注ぎ入れていく。
わざわざジュースも用意してあるとは。彼の隣に置かれたぶどうジュースらしきビンを眺めつつ、目の前のワイングラスに視線を向けた。
赤ワインらしく、まっ赤な色が鮮やかな液体。
この世界で酒を飲むのって、もしかして初めてではないだろうか。
彼の隣に置かれた、水と茶のボトルを眺めつつ、目の前のワイングラスをそっと持ち上げた。
(さて、乾杯はこれから……って、あ)
そこで、もしやという疑念が脳裏に浮かぶ。
(……アルコール……爆発したり、しないよね……?)
以前、毒の魚や毒のフルーツが爆発したことを思いだす。
この量の酒であれば、当然致死量には至らないものの、ある意味体に害があるものではあるわけだ。
セーフ判定、ちゃんとされるだろうか。
毒がない、ふつうの洋服が爆破されたりするのだ。
正直、未だにセーフティラインがよくわからない。
(ま……飲まなきゃいいか)
幸い、この体は飲食は取れるが、飲まず食わずでも大丈夫っぽさはある。
怪しいものは避けよう。そう思いつつ、皆を見回した。
「じゃ、かんぱーい」
「かんぱーい」
などと思っている間に、グラスが上げられる。
「か……乾杯」
おそるおそるグラスを持って、他の皆と打ち合わせる。
幸い、持ったくらいでは問題ないようだった。
ホッと一安心しつつ、それでも口をつけたら爆発させる危険を考えてテーブルに戻して、なんとなく食べ物に手をつけていく。
「ザンギス……お前、仇をうった後のこと、どうするか考えてんのか」
ヴィルクリフが、手羽先を口に放り込みつつ問いかけた。
いきなり、あまりにも核心だ。
ハラハラと彼を見ると、ザンギスは一瞬黙り込んだ後、ぼそりと答えた。
「この町を出て……まあ、傭兵稼業でもやるさ」
「お前の腕なら心配ねけが……もし、町のヤツをやっちまったら、追われることになるぞ。いいのか?」
「それくらい覚悟してらあ。それに、あっちが殺したっつー証拠さえあれば、言い訳も効くだろ」
ザンギスは野菜炒めをかき込みつつ、どこかやけっぱちな口調で続けた。
「それとも、なんだ? お前は、おれにはなにもしねぇで、ここで平和な顔して暮らしてけ、っつーのか?」
「…………」
ヴィルクリフは、意外にもすぐには言い返さず、ジィッとザンギスのことを見つめた。
「……なんだよ。……なにか言いてぇのか」
「いや……お前、お前は、ザンギス、だよな」
「は? なに、意味わからねぇこと言ってやがる。決まってんだろ」
「そうだよな……そのやたらに突っかかってくるクセちっとも直ってねぇしな」
「うるせーぞ、ヴィルクリフ!」
旧知の二人が、喧嘩ともいえないじゃれ合いをしているのを横目に、端っこに置かれていたポテトサラダをつつく。
「あ、エリアスさんもポテトサラダ食べます? ……って、あれ?」
ちびちびとワインに口をつけていた彼に視線を向けると、テーブルの上にコテンと突っ伏していた。
「おーい、エリアスさん? あれ、寝ちゃってる」
ゆさゆさと肩を揺らしてみると、規則的な呼吸が返ってきた。
まだ始まったばかりなのに、早すぎる。
もしかして、エリアスは酒に弱かったんだろうか。
「あー、昼いろいろ手伝ってもらったし、疲れちまったか」
すると、ザンギスがこちらの様子を見て、口を挟んできた。




