113話 ~謎の事件~
「その……ザングさんたちって、恨まれてたりしたんですか?」
「とんでもねぇ。慕われてたよ、町の誇りだった。最近魔物の動きが活発だろ? だから怪我を負うヤツも多かったが……あそこんちは、気さくに薬を分けてくれた。息子夫婦も畑やっててな、仲がいい理想の夫婦って感じだった」
薬屋のザング一家は、遠い町からも、その薬効を求めて買いに来る人間がいるほど、高名な薬師だったようだ。
外部には適正価格で販売していたものの、町内では食料品との物々交換や、かなり割安で譲ったりしていたという。
その上、町長の補佐まで勤めていて、町中で知らぬ者がいないくらい、慕われていたそうだ。
(……これが本当なら、町の人が殺す理由はない)
正直、殺すメリットよりデメリットの方がよほど大きい。
財産目当てであれば怪しいのはザンギスだが、彼は今、裕福な暮らしをしている様子はいっさいない。
そして、恨みという観点で一番怪しいのは町長だが、彼もザングが亡くなったショックでぶっ倒れ、次代に地位を譲り渡してほぼ寝た切りの状態だという。
それに結局、この町に薬師はいなくなった為、けが人や病人の対応に苦慮しているというし、町の人たちにとってはマイナスのことばかりだ。
(これだけ聞くと、魔物側にしか利はない……)
しかし、魔物の仕業としても、妙だ。
今までであってきた魔物たちは、基本、ほぼ獣と同様だ。
最初の頃会ったショタインプや、アスタリカが切り捨てた魔人のように人語を話せる個体もいるのは知っている。
だが、基本は本能に忠実で、後先を考えている様子はない。
おそらく、襲うならもっと大量に――それこそ、前の町のように旅人たちを無作為にやるだろう。
(……まさか、人の姿をした魔物……)
前の町で、町長の娘が襲われたというその謎の魔物。
コウモリの姿で、血を吸うバケモノ。
今回は、その真逆――?
「なんか……変な事件、ですね」
そう、変なのだ、なにもかも。
町の要人を殺してそのままという行き当たりばったさ。
ただ、誰にも犯行現場を見られていない、という計画性。
内臓だけが抜かれているという、残虐性。
奇妙で、不気味で、そして恐ろしい。
「おれたちも、最初は皆疑心暗鬼だったがな……一か月も経てば、ありゃあなんだったんだろう……って感じだよ。まったく、わけがわからねぇ」
男性は、いつの間にか水に変わったジョッキを煽りつつ、首を振った。
「あんたらも、あまりこの件には深入りしねぇ方がいいぜ。ロクなことになんねぇよ」
「……そうかも、しれませんね」
つまみのハムをバクバクと口に放り込む男に礼を伝え、立ち上がる。
「ありがとうございます。お話、聞けてよかったです」
「構わねぇよ。……くれぐれも、気をつけな」
「……肝に銘じます」
そろそろ合流しようと、酒場の端っこで、他の町人と会話していたエリアスへ近づく。
彼は自分の気配に気づき、チラッとこちらを見上げ、片目をつぶった。
「あらら、お迎えが来たみたい。今日はこの辺りで失礼するわ」
「おお、もう行っちまうんかい。残念だなぁ」
「フフッ、ありがと。またね」
酔っ払いたちに惜しまれつつも、軽やかにあしらって、エリアスも立ち上がった。
二人分の支払いを済ませ、やや背中に視線を感じつつも、酒場を出る。
がやがやとした空間から脱出できて、ホッ、と肩の力が抜けた。
「ああ……し、静かだ……」
「お疲れ様、ハナ。いい情報は聞けたかしら?」
「うーん……なんとなくそれっぽい話くらいは。そちらは?」
「上々ね」
唇の端に指をあてて、エリアスはニィっと笑った。
そのまま、ひと気のあまりない夜道の端で、こそこそと情報交換する。
『死んだザングたちの体から内臓が抜き取られていた』という話を出すと、エリアスは顔をしかめつつ頷いた。
「あたしの効いた話とも一致するわね……さらに言うと、三人とも、血も抜かれてたみたいよ」
「血……血も、ですか?」
「ええ。町人曰く『ほぼ皮だけでひどいもんだった』って言ってたわ。まあ、内臓がないわけだし、血も流れるだろうから……って、そっちはあまり気にしてなかったけどね」
吸血された?
もしや、前の町にいた魔物と関係があるのか。
考え込む自分の前で、エリアスも眉をひそめた。
「聞けば聞くほど、人の仕業には思えないわ」
血に内臓。
啜って、食ったのだろうか。
想像すると、背筋が凍る。
私が前の町で会った魔物のことを口に出すと、エリアスは考え込むように顎に手を当てた。
「あの魔物がここを襲い、あっちの町に移動した……というのはあり得そうだし、かなり可能性も高いと思うわ。でもだとしたら……なぜ、薬師の三人を襲ったのかしら」
「……襲いやすかった、とかですかね?」
「前の町……商人の振りを魔物がしていたって言ったわよね……ここでも、そうやって近づいた? でも……前の町は、その後も執着するように何度も襲われてる……こっちはどうしてすぐ、諦めたのかしら」
「言われてみれば……むしろ、あっちの町は守りを固めて、人の形が保てなくなるほど血に飢えていたわけですしね……」
それに比べて、こっちの町は悠長なものだ。
入る時も、軽く確認されたもののほぼスルーと言っていい。
「あたしは……もしこれが魔物の仕業だとしても、別個体だとと思うわ」
どうにも違和感があるの、と言って、エリアスはぐりぐりと指先でこめかみを揉んでいる。
言われて、確かに、と思う。
今までたどった道筋で、人がいなかった町は二つ。
最初に見つけた村と、魔物二体が現れた場所だ。
人間が目をつけられれば、あぁなってしまう、ということだろう。




