111話 ~情報収集~
「それに、今はひとりじゃないわ。あなたに、ヴィルクリフに、テルルもいる。だったら、ちょっとやそっとの困難、乗り越えられると思わない?」
思い出す。
暗い牢屋の中、言い分すら聞いてもらえず、ひざを抱えて沙汰を待っていた時を。
女王に呼び出されて、わけもわからない間に、ギロチンの前に引きずり出された時の恐怖を。
きっとあの時。
この体に宿った力がなければ、死んでいた。
その力のせいでロクな服が着られないとしても、あの時、確かに救われたのだ。
「……がんばります、私。もし、最悪なことがあったとしても……あれを経験して、今まで生きてこられたから乗り越えられるって……いや、乗り越えてみせるって……決めました」
「うん、その意気ね。……じゃあ」
スッ、とエリアスが足を止めた。
いつの間にか、目的地である町の酒場の目の前にやってきていた。
「乗り込みましょうか、本陣へ」
「いやー、兄ちゃん、なかなかの酒豪っぷりだな! ほら、もっと飲め飲め!」
「あら、いいの? あたし、こんなもんじゃ足りないわよ?」
「やるじゃねぇか! うちの若いモンにも飲み比べを……っと、寝ちまってる!」
「あら、まだ早かったかしらねぇ」
(うわぁ、すごい)
横目で、酔っ払いと酒豪対決をするエリアスを眺めつつ、カウンター席の端でちまちまとつまみをつつく。
エリアスは口調もおだやかだし見目もよく、人見知りもしないのでスイスイと客の間に入って行っている。
常連の相手に取り入って、話を聞く算段のようだ。
で、彼の奮闘を横目に自分はなにをしているかと言えば、こうやって隅っこで酒場の風景を眺めている、というのが現状だ。
(くっ……ひ、人見知り癖が……!)
今更ながら、なぜヴィルクリフかテルルと役割を交代しなかったかが悔やまれる。
いや、当初はムリと言ったのだ。しかし、確かテルルが、
『わしは外見未成年じゃし……お主、その恰好なら放っといても、誰かしら絡んでくるから大丈夫じゃろ』
と、あきれ半分に言われたんだったか――。
「おー、そこのヤツ。ずいぶんけったいな服着てんじゃねぇか」
さっそく絡まれた――!!
内心悲鳴を上げつつ、ギギギ、と油の刺されていないブリキ人形のように振り返った。
「あ、あはは……そ、そうですか? こ、これ、実は特殊な魔法がかかってて……へへ、ぬ、脱げないんですよ」
「はあ? ドクロ模様の服なんて、なんつーか気持ち悪ィ魔法だだな」
適当なごまかしの言葉には、バカにしたような酔っ払ったセリフが飛んでくる。
声をかけてきたのは、中年くらいの中肉中背の男性だ。たれ目が呆れたように細くなり、酒のジョッキを片手に近寄ってきた。
「なんか……善意の魔法だったんで断れなくて」
「カーッ、そいつは哀れだな! それにマヌケだ。イヤなもんはイヤって断らねぇと面倒なことになるぜ」
どっかりとカウンターの隣の席に腰掛けて、男性は店員になにやら注文を始めた。どうやらここで語るつもりらしい。
「そうじゃねぇと、厄介なことばっか背負い込むもんだ」
「実感が……こもってらっしゃいますね」
「まったくだ。ま、生きてるだけもうけモンだがな」
男性はすぐに届いたつまみのからあげをバクバク食べつつ、やや遠い目をした。
「最近うちの町でも、唯一の薬屋が死んじまったし……まあ、それなりの年だったが、可哀そうなこった」
(……おっ?)
ここで、それらしい情報がでてきた。
あまりグイグイ聞くと怪しまれるかもと、一度深呼吸をしてから、質問の体勢に入る。
「ああ、有名な薬屋の方ですよね。一カ月くらい前でしたっけ? 亡くなられたの」
「……あんた、なんで知ってんだ?」
「あ、ええ。前の町で、話題に出ていたんですよ。かなり腕のいい薬屋の方が亡くなったって」
男性の低くなった警戒の声に、ニコニコと笑ってごまかした。
OL時代の処世術。
困ったときはとりあえず笑ってそれっぽく流す。
「ふうん……まあ、ザングさんは有名だったからな。あんた、もしかして薬関係でここに?」
「いえいえ。同行者の実家に向かう道中に寄ったんです。薬に関してはサッパリで」
「そうだよなぁ。あんた、薬に精通してるっつー顔してねぇもんな」
「……で、ですよね」
それは、遠回しに言えば馬鹿っぽい顔、ということなのだろうか。
やや心にグサッと刺さりつつ、軌道修正を図る。
「この町には来たばかりですけど、雰囲気がいいところですよね。ずっとこちらに住まわれてるんですか?」
「ああ? ……まあな。ありふれたフツーの町だけどよ、いい町だよ、確かに」
「ええ……そう思います。いい町ですね、とても」
そのまま、いろいろと町の話を聞きとっていく。
どうやら、この酔っ払いの男性は町で農業をやっているが、もともとは放浪者だったらしい。
町の娘と良い仲になり、この地に骨を埋める決心をしたそうだ。
子ども三人を育て上げ、今は町の自警団にも所属していているらしい。
ファンタジー世界ではよく聞く、けれどドラマティックな身の上話に話が弾み、気づいたらすっかり打ち解けていた。
「私、この魔法を解く方法を探していまして……薬屋さんの方、ちょっと普通じゃない亡くなり方だったとか……もしかして、なにか魔法が絡んでいるんじゃないかと」
ある程度踏み込んでもよさそうな雰囲気が出てきたので、サラリと世間話のように本題に踏み込んだ。
「魔法……魔法、ねぇ。どっちかっつーとありゃあ……呪い、かもな」
男はビールっぽい酒を大きく煽り、店員に追加を頼んだ後、こそりとささやくように呟いた。




