110話 ~ダイイングメッセージ~
そこに書かれていたのは血文字だ。
おそらく今わの際の書かれたもの――ダイイング・メッセージ。
『まちの人 あぶない ニゲて ザンギス』
ところどころ掠れて消えているものの、その内容はハッキリ読み取れた。
「ひと目を避けるようにして、こんな言葉が……明らかに、これは……殺人だ……っ」
ザンギスは、再びラグを元に戻すと、片手で目を覆った。
「だから……おれは、喪に服すって名目で薬屋を閉めて、町の奴らの様子をうかがってる。……ま、この一カ月、奴らはおれを殺しに来る様子はねえが……」
「……えっ、奴ら?」
彼の言葉に引っ掛かりを受けて問い返すと、ザンギスは大きく頷いた。
「さっきの書き置き、見ただろ? ”町の人”なんつー書き方、単独犯だと思うか?」
「え……じ、じゃあ」
「グルなんだよ。この町のヤツら……少なくとも数人。もしくは全員が、な」
と、彼は吐き捨てるように言い切った。
「……どー思います? エリアスさん」
「そうねえ……」
夜。町の酒場までの道のりを彼と二人で歩きつつ、小声でそっと尋ねた。
ちなみに、残りの二人はザンギスの家にいる。
彼は、町に対する色々な愚痴や不審を騙りながら酔いつぶれてしまい、ヴィルクリフとテルルはその介抱をしつつ、家で休んでいるのだ。
なら、半分は情報収集に行こうということで、エリアスと二人でこうして町にくり出しているのだった。
「にわかには信じがたい内容だけど……彼の家族が亡くなったのは事実だしね」
「ええ……それもひと月前に、二人そろって……」
この町に長期滞在する予定はなかった。
できるなら、早めにエリアスの実家に向かいたいところだ。
しかし、傭兵時代、ヴィルクリフと仲が良かった青年がひとりで立ち向かっているのだ。
できるなら、協力してあげたかった。
「でも……私たちが今更手を出して、新しい情報なんて見つかるんでしょうか」
すでに、事件から一カ月。
話によれば、三人はすでに荼毘に付されて墓に葬られているし、証拠といえば例のダイイング・メッセージくらいしかない。
「町の誰かが事件を起こして……それを、他の人も隠蔽しているとすれば、お酒が入ってついポロッと、なんてことはあるかもしれないわ。……それも、あたしたち旅人相手ならね」
「なるほど……身内相手、というか、ザンギスさんには言えないことでも、赤の他人なら……」
エリアスのセリフに、うむ、と頷いた。
この世界は警察はないようだし、せいぜいその町での自警団が仲介に入っているくらいだろう。
はなから魔物が犯人と決められていたら、いろいろ、ずさんになっているかもしれない。それが、聞き込みで出てくる可能性はある。
「でも……あれですね」
「? なによ、改まって」
「エリアスさん、こ、怖くありません? だってその……もしかしたら、町全体が、人殺しに加担してるかもしれないんですよ」
ひと家族を亡きものにして、平然と暮らしているとすれば、恐ろしい町だ。
もし本当に、町全体が関与しているとすれば、多勢に無勢で、こちらも危険な状態になる。
だからといって、ザンギスを見捨てる、というつもりはない。
ただ、怖いものは怖いのだ。
「そうねえ……今回は、相手が人だものね。正直、魔物を相手にしている時よりも、潜在的な恐怖は大きいかもしれないわ」
エリアスはそっと手を伸ばして、私の頭をポンと撫でた。
「でもね、ハナ。思い出して。もっと怖い時があったでしょ?」
「もっと……怖い、時?」
「あたしとあんたが、初めて会った時。あの大きな魔物に襲いかかられて、死ぬかと思うほど怖かったわ」
エリアスは、フッと頬を緩めて苦笑した。
「エリアスさん……怖かったんですか?」
当時は、私自身もほぼパニックで、冷静に周囲の状況など見ている余裕はなかった。
そんな中、エリアスは部下を守り、自分が致命傷を負ってもなお、魔物に立ち向かっていた。
恐怖や怯えの感情なんて、まったく感じさせなかったのに。
「そりゃあそうよ。でも、部下のみんなに怯える姿なんて見せられないもの。先頭に立って、なんとかしなくちゃいけなかった……実際、あんたがいなかったら、きっと部隊は壊滅していたし」
彼の、剣士にしてはしなやかな腕が、そっと自らの首に触れた。
「それにね……その後だってそうよ」
「その……後?」
「あたし……ひとり、牢屋に放り込まれて……真っ暗な牢屋の中。ああ、ここが死に場所なのかもしれないって思ったの」
失敗することがわかっていた、彼の隊長としての仕事。
あの暗い暗い牢屋の中で、死の気配すら感じていたのか。
「でもね、あたしが尋問を受けて戻ったら、ハナが居たでしょう?」
エリアスは、スッと首から手を離すと、茶目っ気たっぷりに笑って見せた。
「あの時ね、言葉にはしなかったけど……とっても、心強かったのよ」
「わ、私が……ですか?」
戦力になんてカケラもならない、怪しさ満点の女だったはずだ。
まだそこまで信頼関係も築いていなかったのに、どうしてだろう。
疑問が顔に浮かんでいたのか、彼は笑みを絶やさないまま、
「あの時、部隊の子たち以外、周りはみんな敵だった……それなのに、どうして出自不明の、しかも記憶喪失だっていうあなたを信じられたのかはわからないけど……でもね、あの暗い場所でひとりじゃないっていうのは、本当に励まされたのよ」
「……エリアスさん」
「あの時、本当にドン底の気分を味わったけど……でも、あれを乗り越えられたんだから、きっと大丈夫。そう、思うのよ」
ポン、とエリアスは私の背中を優しく叩いた。




