108話 ~昔の知り合い~
「そうじゃ、ザングという薬屋の男を尋ねてみたらどうじゃ?」
「え? あー……そういえば……前の町長さんに言われてましたねぇ」
道中、森での一件があったせいで、すっかり頭から抜け落ちていた。
「薬屋か……泊まる場所くらい、斡旋してくれっかな」
「このままじゃどうせ野宿になっちゃうし……ダメ元で尋ねてみましょうか?」
「ですね……現状、薬には特に用がないってのが、申し訳ないところですけど……」
なにせ、自分の能力は治癒と回復だ。
薬を使う、というシチュエーション自体がない。
むむ、と唸る私の横で、テルルがやれやれと首を振った。
「そこはまぁ、いくつか義理で購入すればよかろう。ひとまず、どこに家があるかを探すとするかのぉ」
次の行き先が決まり、のんびりと町を歩き出した私たちは、まだ知らなかった。
この選択がまた、やっかいな事件に巻き込まれることになろうとは。
「えっ……ザングさんは、亡くなってる……!?」
「ええ……祖父は、ほんの一ヶ月前に」
道を聞いてたどり着いたのは、町はずれの店だった。
ただし、営業してるのコレ? と聞きたくなるようなボロ屋だ。
いくら年季が入ってるにしてもほどがある、と顔を引きつらせつつノックし、中から顔を出したのはまだ二十代半ばと思える青年だった。
髪の毛はボサボサで、こちらを見る目は半眼。その割にガタイはよく、一見用心棒かと思えるような見た目だった。
「それは……その、お悔やみ申し上げます。えぇと……ぶしつけな訪問ですみません」
「……いえ」
青年は、うす気味悪そうな顔で私を見て、引き気味に首を振った。
申し訳ない。変な服を着ていて申し訳ない。
こそこそと他の三人の顔を見て、小声で相談を持ち掛ける。
「(これ……あれですよね。前の町が鎖国してた間に、亡くなっていたっていう……)」
「(そうね……タイミング的にも。彼になにか頼むのも悪いし、仕方ないけど、このまま野宿かしら)」
「(そうじゃのぉ。ま、せっかくだし、傷薬のひとつでも買っていくか?)」
いつもだったら絡んでくるヴィルクリフが、やはりずっと無言だ。
どうしたのか、と声をかけようとしたが、横からさきほどの青年が引きつった声をかけてきた。
「あ、あの……用がないなら、もういいか?」
「あっスイマセン! 前の町の町長さんに、こちらのザングさんを尋ねるように言われてて……まさか、亡くなってるとは思わなかったもので……!!」
「……ああ、サミコスの町長に? なるほど……あの人とうちの祖父、仲良かったからな」
事情を説明すると、彼の警戒心丸出しの表情が、わずかに和らいだ。
「あんたら、旅のヤツだと思ってたが……あの町からの使いだったか」
「あ、いえ……旅人、みたいなものです。前の町でちょこっと人助けをしたもので、ご紹介を頂いただけで……」
「……人助け、ねぇ」
青年は探るような目つきでこちらを眺め回した後、フルフルと首を横に振った。
「悪いが、見ての通り店はこんな有り様だし、祖父はいないしで、あんたらにできることはない。それに……今は薬屋も休業してるしな」
「え……薬屋さんも……?」
「ああ。そういうわけだ、だから」
と、門前払いされそうになった時だった。
「ずいぶんお高くとまってんなぁ? 薬の扱いはお手のもの、ジジイ以上の薬屋になってやる、っつってたお前がよぉ」
今まで黙り込んで話を聞いていたヴィルクリフが、威圧するように青年に声をかけたのだ。
「……は? お、お前」
「傭兵稼業はあくまで金稼ぎ。いずれは実家の薬屋を継いででかくする、って大口叩いててそのザマか? なあ、ザンギス」
タン、と。
慣れ親しんだ間柄特有の軽い手つきで、ヴィルクリフは目の前の青年の肩を叩いて見せた。
彼は、はくはくと唇を震わせた後、泣き笑いのような表情を一瞬浮かべ――直後、クッ、と怒ったような表情を形作った。
「そ、そりゃあこっちのセリフだっての!! 弟とのんびり暮らすから、いずれ世話になる……っつってたのはどーしたんだよ! なあ、ヴィルクリフ」
「ぐっ……い、痛いところをつきやがって……」
ガハハ、と彼らをお互いに肩を叩き合っている。
そんな光景を見せられて、自分、エリアス、テルルはポカンと口を開けた。
「え、と……も、もしかして、お二人は」
「おお! コイツ、ザンギスはおれの傭兵時代の仲間だよ。いやー、ザングってなんか聞き覚えがある……って思ってたんだがな」
ヴィルクリフは、青年――ザンギスと肩を組んだまま、上機嫌で笑った。
「おいおい、聞き覚え……って、ずいぶん薄情じゃねぇか」
「つってもな、お前の名前ならともかく、爺さんの名前で思い出せ、っつー方が難しいだろ! いくら、耳タコで聞かされてたっつってもよ」
「まあ、そりゃあそうだな」
二人は本当に仲がいいらしく、軽口を叩き合って笑っている。
まさか、そんなご縁があるなんて。
ホッと肩を落としつつ、改まって尋ねた。
「えっと……その、そしたら一泊させて頂けたり、なんて」
「おお、コイツの知り合いだっつーなら歓迎だ。一泊なんて言わず、何泊でも泊まってってくれよ」
「おお、ありがたいのぉ。このまま野宿して、次へ向かわねばならんのかと思っておったし」
テルルが礼を述べると、青年はふしぎそうな顔で彼を見下ろした。
「……子どもが、老人言葉を?」
「いやー、よかったわ。えぇと、ザンギスさんだっけ。宿泊代はもちろんお支払いするからね。よろしくお願いするわ」
エリアスが輝く笑顔で一礼すると、彼はパチッとひとつ瞬きした後、キョトンと首をかしげた。
「……こっちは、女性言葉を……?」
「え、えぇとあの……どうも。よろしくお願いします」
最後に自分がペコリと頭を下げると、彼はつられるように「あ、どうも」と頭を下げ返してきた後、となりのヴィルクリフをぐいっと引っ張った。
「あいてっ、おま、なにすんだよ」
「お前なぁ……連れてる奴らが多種多様すぎんだろ」
「羨ましいか? なかなか毎日楽しいぞ」
「……そうだった……お前もなかなか変わりモンだったわ……」
はあ、とため息をついたザンギスは、呆れつつもどこか面白がるような笑みのまま、
「じゃ、中入ってくれ。面白四人組さん」
と、元薬屋のドアを開けた。




