102話 ~森の中2~
「なにせ、この森の中は空気が悪いからのぉ。瘴気……というほどではないが、なにかこう、よくない空気が流れておるようじゃ」
「瘴気……!」
よくファンタジーで聞く単語だ! と私が内心ちょっと高揚している横で、エリアスが感心した様子で彼に問いかけた。
「テルル、空気の違いなんてわかるの?」
「一応神鳥じゃからな。なんとなくわかる」
テルルは頷き、シュッと鳥の姿に戻った。そのまま飛びあがり、石に座るヴィルクリフの頭頂部に止まる。
「オイ。なんでおれの頭の上に」
「お主、頭の形がいいのぉ。止まりやすいぞ」
「……褒められてるんだろうが、あまり嬉しくはねぇな」
不服そうな顔ながら、止まられるがままなヴィルクリフを眺めつつ、ちょっと深呼吸してみる。
匂いが違うんだろうか、とも思ったが、森林の中特有の、草いきれと土の湿った香りしか感じない。
うーん? と首を傾げる私に、鳥の姿のテルルが反応した。
「うん? ハナ、今お主、深呼吸したか?」
「え? あ、はい、しましたけど……」
すぅ、はぁ、と両手を広げて息を吸って、吐く。
テルルは鳥の姿のまま器用に小首をかしげた後、カチッ、とくちばしを鳴らした。
「ふむ、もしや……ちょっと、そのまま深呼吸しておれ」
「えっ……? ハア、わかりました」
なんだか不思議な指示を受け、再びすぅはぁと深呼吸をくり返す。
これ、瞑想の練習にもなるだろうか。なんて考えている横で、テルルが話しだした。
「さっきも言ったが、ここには妙な空気が流れておるのだ。ふつうの人間であれば、息苦しくなるような不快な空気が、な」
それゆえ、魔物の発生率が高くなる。と頷くテルルに、二人が疑問を呈する。
「言われてみればそんな気もするけど……でも、あたしたち、ふつうに呼吸できてるわよね?」
「まー、おれも別に苦しくはないわな。鍛えてるからか……?」
エリアスとヴィルクリフの二人も、私にならって、深呼吸をくり返している。
咳き込んだり、気分の悪さを訴える様子はない。
やっぱり、鍛えてる人は違うんだなぁ、なんて考えていると、テルルはハッキリと首を振った。
「そうではない。理由は、そこのハナじゃ」
「すー、はー……ゴホッ、えっ、私ですか?」
突然水を向けられ、深呼吸から一転咳き込む。
「お主の、特殊な体質のせいじゃろうな。呼吸のたびに、瘴気が浄化されておるようじゃ。……おかげで、近くにいる我々には影響がでないんじゃろ」
「なんと……人間空気清浄機……!」
そんなお手軽便利機能を、この体が有していたなんて!
新たなパワーの発見に、おお、とこぶしを握ったものの、気づく。
「えっとぉ……なんでその清浄機能、着る服には働かないんですかね?」
「まあ、お主の魔力が強すぎて、ふつうの服は耐えられん。瘴気を宿してるくらいの力があれば別じゃがなぁ」
「瘴気ねぇ……あるとすりゃあ、当然、ふつうの意匠の服じゃねえわな」
「悲しいけど、魔道具系の服って奇抜なものが多いのよね……やっぱり、魔石を埋め込んだり、装飾が凝ってたり、布そのものに魔力が織り込まれてることが多いし……」
と、皆が哀れっぽい顔でこちらを見た。
やめろ。かわいそうなものを見る目で見るな。
「しかし、こうも魔物が多いっつうのはなぁ……次の村ってのも大丈夫なのかね? いつぞやみたく、廃村になってるって可能性あるぜ」
「そうじゃのお……」
うーん、と四人で顔を突き合わせて考え込んだ。
「今思い返しても、あの村は魔物の襲撃を受けたとしか考えられん。死体がなかったのは、魔物に食われたか、それとも我々のように水晶を使ってどこぞへ逃げたのか……」
「今まででも類を見ないわよ、こんなに魔物がでてくるなんて……この辺一帯は、この森が悪さしてるのかしら」
エリアスが、キッと深い森の中をにらんだ。
「森が悪さをしている、ですか?」
「魔物は闇よりいづる……と言われておる。基本、人が暮らすような場所からは現れんのじゃが……この森はやけに瘴気が濃いからのぉ」
「あー、うん年前の童話だっけか? 魔王がブッ倒されて、魔物は地上から去って……でも、世界の果てから生まれてくる、だっけか?」
この世界の童話。
おそらく、世界の根幹に至る話だ。
ごくり、と喉を鳴らし、三人に尋ねる。
「魔物って……どう生まれるか、ってわかってない感じですか」
「うーん……昔、魔物の大討伐作戦が組まれたけど……いくら殺しても絶滅しなかった、とは聞いてるわね」
「テルペロン鳥の記憶からしても、それは事実じゃな。そして、かつて魔王を討伐した者たちが、魔物が瘴気から現れるのを目撃しておる」
エリアスとテルペロンが力強く頷いた。
なるほど。やはりファンタジー。
「んじゃあ、このままだとこの森からまたヤベェ魔物がでてきて、前の町を襲う可能性があるんじゃねぇか?」
私といっしょになって二人の話を聞いていたヴィルクリフが、顎に手を当てて首を傾げた。
「それは……確かにそうね。根源をどうにかしないとっていうのは……」
「うーん……テルル、どう思います?」
「この瘴気がどうにかできれば、魔物の活動はマシになるとは思うが……」
「瘴気をどうにか……」
すぅ、はぁ、と、両手を広げておおげさに深呼吸をくり返す。
「例えば、私がひと晩中、ここで深呼吸をしても……ダメ、ですよね?」
「それ、いっこうに次の場所へ行けなくなるわよ」
「うーむ……おぬしが十人くらいいれば、まあなんとかなるやもしれんが……」
二人は、うーんと唸りつつ首を振った。どうやら、現実的な提案ではなかったらしい。




