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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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〇八三 公開処刑の余波


 霊兎族の都市で行われた公開処刑の情報は、サムイコクにも伝わった。


「現在入っている情報によりますと、霊兎族の都市、スペルス、ミンスキにおいて、爬神様による公開処刑が行われたということです。その処刑の様子は惨たらしいもので、口にするのも憚られるほど残酷に行われたということです。未確認情報ではございますが、次はサットレで実行されると見られ、処刑は霊兎族すべての都市で行われる模様です」


 治安部隊の諜報係の兵士はそこで報告を終えると、敬礼し退室した。


「どういうことだ」


 ムサシが厳しい表情でトノジを見ると、


「わかりません」


 トノジは困惑を隠しきれない表情で応えた。


 ミノル・タヌカ、キヨス・ミザワ、タケル、アジ、その場にいる誰もが、前代未聞の出来事に驚きを隠せなかった。


「イスタルで起こっている蛮兵襲撃の件が関係しているのか」


 ムサシはトノジに重ねて訊いた。


「そうではないと考えています。蛮兵襲撃が関係するなら、何よりもまず、イスタルで公開処刑を行うはずです」


 トノジは冷静に見解を述べる。


「ならば、なぜ・・・」


 ムサシは黙り込み、室内は重苦しい空気に包まれる。


 ここで発言したのはタケルだった。


「理由がわからない以上、これは霊兎族だけの問題とも言えず、いずれ我が国でも起こり得ることです」


 タケルは俯き思案するムサシに向かって、そう懸念を伝えた。


 タケルのその目には爬神族に対する怒りがあった。


 その怒りは、奉仕者たちのことを知りながら何もできない自分自身への怒りでもあった。


 ムサシは目を閉じ、タケルの言葉にただ頷くだけだった。


 タケルの懸念することは実際に起こり得ることだった。


 その場の誰もがそう思い、眉間の皺を深くした。


 しばらくの沈黙の後、ミノル・タヌカが口を開いた。


「爬神様のことです、我々の信仰心の低下に気づかれているのかもしれません。霊兎族ではかつてラドリアの惨劇があり、現在もイスタルでは蛮兵が襲撃されています。賢烏(けんう)族においては、リザド・シ・リザドから奉仕者が逃げ出し、我々サムイコクでも奉仕者を志願制から指名制へ移行しなければならないなど、霊兎族、賢烏族、共に信仰心を疑われても仕方のない状況にあります。それゆえ、爬神様は改めて、そのお力をお示しになられる必要があると考え、公開処刑に踏み切ったのではないでしょうか」


 ミノル・タヌカは怯えた表情で自らの考えを述べだ。


 宗教担当のミノル・タヌカの発言ゆえに、それは現実味を帯びて伝わり、重苦しい空気が一層重苦しくなるのだった。


「もしミノルの考えが正しく、爬神様が改めてその力をみせつけるために処刑を行っているとするならば、霊兎族の都市で処刑を終えた後、間違いなく我々賢烏の国々でも処刑は行われる可能性が高い」


 ムサシはそう言ってテーブルにつく一同を見渡した。


「そうなったら、どうすることもできないでしょう」


 トノジは淡々とした口調で意見を述べる。


 アジはトノジのその冷静な横顔を複雑な思いで見ていた。


 アジは目を伏せ、ぎゅっと太ももの上の拳を握りしめる。


 それからムサシの隣に座るタケルに視線を向けた。


 タケルはその視線に気づいて目を向ける。


 アジと目が合うと複雑な思いをその目に表したまま、周りに気づかれないようにアジに頷いてみせるのだった。


「我々の信仰心の低下が招いたことです。処刑を甘んじて受け入れることで、爬神様への忠誠を改めて示すしかありません」


 ミノル・タヌカはそう唱える。


「処刑を避ける方法はないということでしょうか・・・」


 キヨス・ミザワが不安な面持ちでミノル・タヌカに尋ねると、


「処刑を避ける方法はない」


 ミノル・タヌカはそう断言した。


 ムサシは一つ大きく息を吐くと、ミノル・タヌカの顔を見、それからトノジを見て、諦め顔で告げた。


「ミノルの意見はしかと聞いた。どうしようもないのなら、慌てることもない。まずは霊兎族がどう出るか、様子を見ようではないか。その間に元老院でも議論を進めるとしよう」


 ムサシのその言葉で会議は終わった。


 ムサシはトノジに「話がある」と声をかけ、執務室には二人だけが残った。


 ムサシは窓際に立ち、窓外の風景をのんびりと眺める。


 トノジがその横に立つと、


「しかし、残念だ」


 ムサシはトノジに視線を向ける事なく話しかけた。


「残念とは?」


 トノジが聞き返すと、


「クミコとアジのことだ」


 ムサシはそう言ってため息をついた。


 そのムサシの残念そうな様子にトノジは首を傾げる。


「どういうことだ」


 トノジが自分の意図を理解していないのを見て、ムサシは苦笑する。


「爬神様が霊兎の都市で処刑を行っている最中に、祝い事を行うわけにはいかないだろ」


 ムサシがそう言うと、


「ああ、そういうことか」


 トノジはその言葉の意味を理解して胸を撫で下ろした。


 一瞬、約束を反故にされるのかと思ったからだ。


「テドウ家とジベイ家の〝婚約の儀〟の件は、ひとまず状況が落ち着いてからということにしよう」


 ムサシは仕方がないといった表情で、二人の婚約の話をひとまず棚上げにすることを告げた。


 窓から吹き込む風に、ムサシの白髪(しらが)交じりの髪が揺れる。


 トノジはムサシのその横顔を見て、ふと過ぎ去った年月を思う。


 幼馴染みのムサシとは子供の頃よくケンカもしたし、一緒に川に落ちて溺れそうになったこともあった。塔の二階の窓から飛び降りて怪我をして、ムサシの父デスケに二人してこっぴどく叱られたのも良い思い出だ。そんな悪ガキだった二人が今や西地区を牽引し、サムイコク全体を守る役目を担っているのだ。そんな二人の子供同士が結婚するなんて、誰が想像しえただろうか。


 何が起こるかわからないのが、人の世の面白さかも知れないな・・・


 トノジはそう思う。


「そうだな。この状況で祝い事でもしたら、爬神様に目を付けられかねないからな」


 トノジはその顔に笑みを浮かべ、ムサシの判断を受け入れた。


「ありがとう」


 ムサシは一言礼を言い、風に顔を(さら)して心地良さそうにしていたが、ふと思い出したように笑う。


「クミコに伝えたんだ」


 ムサシはそう言ってトノジを見る。


「そうか」


 トノジは表情を変えずに相槌を打つ。


 しかし、内心はクミコの反応が気になった。


 それを知ってか知らずか、


「恥ずかしそうにしていたが、ジベイ家に嫁ぐことを喜んでいるようだ」


 ムサシは嬉しそうにクミコの様子を伝えた。


 トノジはそれを聞いて安堵した。


「それは嬉しいことだ。クミコが子供の頃から、私は我が子同然に接してきたつもりだし、これからもそれは変わらない。クミコなら、ジベイ家にすぐに溶け込むことができるだろう」


 トノジはそう言ってクミコの嫁入りに太鼓判を押した。


「親としては、それが何よりだ」


 ムサシはほっとした顔をして頷き、


「ところで、アジはどう受け止めているんだ」


 と、アジの様子を尋ねた。


 ムサシはアジのことを良く知っているとは言え、クミコとの婚姻をどう思っているのか、親として気になった。この日の会議でも、アジの自分を見る目はあくまで元老を見る目であり、クミコの父親として見ている節はまったくなかった。


 トノジはムサシを横目に見、目が合うと、気まずそうに目を逸らした。


「アジにはまだ伝えていない。家と家との結婚だ。焦って伝えることもないだろう」


 トノジはバツが悪そうに答える。


 ムサシはその返事に少し残念そうな表情を浮かべた。


「そうか。お前はいつでも慎重だな」


 ムサシはそれがトノジの性格だということを良く知っている。ゆえに、アジへはトノジが伝えたい時に伝えてくれればいいと思う。


「そうかも知れないな」


 トノジはそう応え、自嘲的な笑みを浮かべる。


 窓の外を見るトノジの眼差しは厳しく冷たいものだったが、それにムサシは気づかなかった。


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