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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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〇八二 世界はたしかに変わり始めている


 タヌとラウルはバケ屋敷の裏庭で剣を構え向き合っていた。


 この日は昼過ぎまでテムスの農園で働いてからバケ屋敷にやって来たのだが、バケ屋敷ではバケじぃが昼寝の真っ最中で、ギルやグラン、パパンなど、ラビッツの面々は畑で農作業という名の修行中だった。


 ということで、二人は暇潰しに手合わせということになったのだ。


 暇潰しとは言え、二人は真剣だ。


 その場の空気は緊張し、音はするのに静寂に包まれていた。


 庭木の枝から、ひらりと一枚の葉が舞い落ちる。


 その刹那、二人は同時に踏み込んだ。


 ガシッ!


 剣と剣とがぶつかる音がし、次の瞬間には、二人は次の動作に移っていた。


 ラウルは下がりながらタヌの脇腹めがけて剣を振り、タヌはそれを流れの中で(かわ)してから跳び上がると、ラウルの頭上から剣を振り下ろした。


 ガシッ!


 ラウルがタヌの太刀を受け止めると、タヌはさっと後ろに跳び退いて仁王立ちになる。


 タヌはラウルを鋭い眼差しで睨みながら剣を鞘に収める。


 それを見たラウルはニヤリと笑い、同じく剣を鞘に収めた。


 それから二人は剣を横に置くと、互いに向かって突進した。


 ダンッ!


 二人は胸と胸をぶつけ、互いに相手のベルトを握って相撲を始めた。


「ぐぉおお」


 タヌが右手で投げを打つと、


「ぐっ」


 ラウルは踏ん張って持ちこたえ、


「うぉおお」


 負けじと右手で投げ返すのだった。


 だが、タヌを投げ飛ばすことはできず、


「はぁ、はぁ・・・」


 二人の息が切れる。


 朝の仕事で疲れてもいた。


 勝負にこだわりはない。


 これはただの暇つぶしだ。


「引き分けってことでいいかな」


 タヌがそうラウルの耳元で囁くと、


「そうしよう」


 ラウルはそう応え、二人はそのままバケ屋敷の庭に寝っ転がった。


 見上げる空は、少し黄色味がかっていた。


 夕方の空はどこか寂しい。


「みんな元気にしてるかな」


 タヌがポツリと呟くと、


「トマスは元気だろ」


 ラウルがそんな返事を返す。


 タヌはあの頃のトマスを思い浮かべ、笑顔になる。


 トマスのあの無邪気さは無敵だった。


 アクに散々痛めつけられたのも、もとはといえばトマスの無邪気さが原因だった。


 それも今となっては懐かしい思い出だけど、トマスにはあの無邪気さを失って欲しくない。


「少しは落ち着いたかも知れないな」


 ラウルがそう言うと、


「想像できないな、それ」


 タヌはそう応え、


「マーヤには変わらないで欲しいなぁ・・・」


 気持ちはマーヤに向かう。


 その流れで、


「シールにも変わらないでほしいなぁ」


 ラウルがそう呟くと、


「無理だろうけど」


 タヌはそう言って苦笑いし、そんなタヌに、


「そんなこと言うなよ」


 ラウルは文句を言うのだった。


 それからすぐに、屋敷の方から騒がしい音が聞こえて来て、


「帰ったぞー」


 とギルの声が聞こえ、その後に続いてみんなの声がガヤガヤと聞こえて来るのだった。


「来たな」


 タヌは言いながら体を起こし、両手を後ろで突いて体を支えるように座った。


「やっと来たか」


 ラウルも体を起こし、胡座(あぐら)をかいて座る。


 しばらくすると、


「えー、タヌ来てるの?」


 歓声にも似た声が聞こえ、ドタドタと足音がして、ヒーナが裏庭に顔を出した。


「タヌ、ラウル、来てたの?バケじぃが呼んでるよ。広間に集合だってさ」


 ヒーナは頬を赤らめ、ぶっきらぼうにそう言うと、すぐに屋敷の中に消えていった。


 二人が広間に行くと、バケじぃを前にして数十名の仲間が整列していた。


 二年前には十名しかいなかった仲間が、今では三百名を超えていた。


 ラビッツもそれなりに戦闘集団としての準備が整いつつあった。


 広間に整列した霊兎たちを前に、バケじぃは今後の方針などを伝えた。


「お前たちの努力によって、徐々にではあるが、確実に、人々の意識は変わりつつある。イスタルの住民だけではない。我々ラビッツの噂は今やイスタルだけにとどまらず、ゴーゴイ山脈を越え、他の都市にも広がりを見せつつある。愛する者たちをドラゴンの餌にしていいのか。その問いかけは霊兎族すべての人々の意識を変えるものなのだ」


 バケじぃはまず現状について熱く語った。


 実際、ラビッツのメンバーの中にはラビッツ暗躍の噂を聞いて他の都市からやって来た者が多くいて、それらのメンバーから他の都市におけるラビッツの噂は聞かされていたのだった。


「これで護衛隊を味方につけられれば言うことないのじゃが」


 バケじぃはそう呟いて宙を睨む。


—もし、いつか、お前たちが立ち上がる日が来るなら、私も仲間に入れてくれ。


 ラドリア護衛隊隊長ミカルはタヌとラウルにそう言ったという。


 それがミカルの本心なら、タヌとラウル、二人の下に霊兎族は団結できるはずじゃ・・・


 それがバケじぃの考えていることだった。


 静まり返った広間。


 ラビッツのメンバーはじっとバケじぃを見つめている。


 バケじぃはふーっと大きく息を吐くと、背筋を伸ばし、今後の方針を伝えた。


「今しばらく、今のままの活動を続ける。そして、時が来れば、我々はラドリアを目指す」


 バケじぃは一同を見渡し、バケじぃのその方針を聞いてみんなの目つきが鋭くなる。


 ラドリアに帰れるんだ・・・


 タヌとラウルはそのことにしみじみとした気持ちになる。


 バケじぃは言葉を続けた。


「ラドリア護衛隊隊長ミカルはタヌとラウルにこう言ったという。お前たちが立ち上がる日が来るなら、私も仲間に入れてくれ、と。わしはその言葉を信じたいと思う。手始めにラドリアの護衛隊とともに立ち上がり、ラドリアから監視団を排除するのじゃ。そして、その動きを他の都市へと広げていくのじゃ」


 バケじぃはそう言ってタヌとラウルに目を向け、二人は目で頷いてそれに応えるのだった。


「イスタルが先なんじゃねぇのか」


 ギルが疑問を呈すると、


「護衛隊を動かすなら、霊兎族の中心であるラドリアの護衛隊からでなければダメなのじゃ」


 バケじぃはそう言って切り捨てた。


「世界は動き始めている。我々がラドリアを目指すきっかけとなる出来事は遠くない日に起こるはずじゃ。お前たちはいつその時が来てもいいように、腕を磨いておくのじゃ。蛮兵を襲撃し、その実戦を積むことによって研ぎ澄まされる感覚がある。それは生と死の狭間にある感覚じゃ。一人ひとりがその感覚を磨き上げれば、神兵が相手でも必ず倒せるはずじゃ。最近、監視団が我々を警戒していることもあって、我々が負傷するケースも増えてきたが、それもまた良い経験じゃ。怖れることなく蛮兵に向かって行け。そこに恐怖心があれば、その恐怖心がお前を殺すじゃろう。もし、恐怖心がお前の心を捉えるのなら、その胸にある志を思い出すのじゃ。何のために戦っているのか、それを思い出すのじゃ。志がお前たちから恐怖心を取り除いてくれるじゃろう。志がお前たちを強くするじゃろう。志のために生き、志のために死ぬ。その覚悟だけは忘れてはならない」


 バケじぃは熱く語る。


 バケじぃのその熱い想いは、その場にいる〝ラビッツ〟たちにしっかりと伝わっていた。


 バケじぃは一人ひとりの表情を確かめる。


 みんな戦う者の顔だ。


「リーダーたちは引き続き、みんなを引っ張って行くように」


 バケじぃは整列するメンバーの最前列に立つ、タヌ、ラウル、そしてギルを筆頭とする十名のリーダーたちにそう指示を出した。


 十名のリーダー、ギル、パパン、グラン、ヒーナ、キーナ、テナリ、ミズワ、スーニ、リーレ、デニトのそれぞれが、覚悟を決めた強い眼差しでバケじぃに頭を下げ、その意志を示した。


 広間は静かな熱気に包まれていた。


 そんな中、バケじぃはタヌとラウルの顔を見て、武者震いを覚えるのだった。


 それは命を捨てる覚悟すら要らない、生と死を超えた清々しい顔だった。


 この二人に出会ったからこそ・・・


 バケじぃはそう思った。


「時は近いぞ!」


 バケじぃがそう声を張り上げ拳を突き上げると、


「おおー!」


 広間に大きな雄叫びが上がった。


 バケ屋敷の広間は、今までにない熱気と緊張感に包まれていた。


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