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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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〇八四 タケルの決心


 執務室を後にしたタケルとアジは、そのまま治安部隊の訓練場に向かった。


 治安部隊は全部で十五部隊あり、一つの部隊には十の中隊があり、中隊の下には十の小隊が属していた。一小隊は十名で構成され、西地区治安部隊はおおよそ一万五千人の戦闘員を抱えているのだった。(ちなみに、サスケが第十二部隊、セジが第十五部隊の隊長を務めている)


 訓練場では中隊長以上の幹部たちが汗を流していて、タケルとアジがフィールドに入っていくと、それぞれの動きを止め二人を前にして整列した。


 サスケは第十二部隊の先頭に立ち、セジは第十五部隊の先頭に立っている。


「霊兎族の都市で行われている公開処刑について、どのような見解になりましたでしょうか」


 第一部隊隊長キタロ・ススキが、皆を代表して質問をする。


 キタロ・ススキはベテランの隊長で、各部隊長からも一目置かれる存在だった。


 霊兎族の都市で行われている公開処刑については、この日の朝、治安部隊内部で情報が共有され、この日の執行部会議で議論されることも知っていたので、その結果を聞くために訓練場に集まっていたのだ。


「公開処刑は我々の信仰心に問題があるから行われているそうだ。よって、爬神様による公開処刑は、霊兎族の都市のみならず、我々賢烏族の国々でも行われるだろう。それが会議における見解だ」


 タケルがそう告げると、兵士たちからどよめきの声が起こった。


—公開処刑が我々に対しても行われる。


 それは最も恐れていた事態だった。


 不安と恐怖に包まれ、その場の空気は重くなった。


 キタロ・ススキは動揺を隠せない表情で重ねて質問をした。


「それで、我々はどうすれば良いのでしょうか」


 キタロ・ススキはその長い治安部隊での生活において、爬神様から処刑されることを恐れる日が来ようとは思いもしなかった。


 キタロ・ススキの絶望的な眼差しをタケルは冷静に受け止める。


「一旦、霊兎族がどう対応するか様子を見ることになった。おそらく父上には何か考えがあるのだと思う」


 タケルはそう穏やかに答える。


 するとアジが、


「少なくとも、爬神様が突然霊兎族を処刑し始めたことには、〝きっかけ〟となった出来事があるはずなのだが、今のところその〝きっかけ〟がわかっていない。しばらく様子を見ることで、それがわかるかも知れない。それがわかれば、打つ手も見えてくる。そういう事だと思う」


 と、自らの見解を付け加えた。


 タケルとアジの落ち着いた態度に、兵士たちも落ち着きを取り戻した。


「わかりました。今は冷静に、ということですね」


 キタロ・ススキはそう言って納得し、


「そうだ」


 タケルが頷くと、サスケが声を上げた。


「もし爬神様がサムイコクにおいて公開処刑を行う事があるのなら、我々は治安部隊として住民を守るべきです」


 サスケは強い口調でそう主張した。


 その発言に、


「それはどういう意味だ?」


 タケルがその意図を尋ねると、


「相手が爬神様といえど、我々は住民を守るために剣を抜くべきです」


 サスケはきっぱりと答えた。


 その恐れを知らぬ言葉に隊長たちは耳を疑った。


「な、なんということを・・・」


 キタロ・ススキはあまりのことに驚きを隠せない。


 爬神様に剣を抜くなどということは、考えることすら許されないはずだ。


 そのサスケの恐れを知らない真っ直ぐな意見に、


 サスケらしいな・・・


 タケルはそう思った。


—爬神族に対して剣を抜く。


 それは以前、タケルが執行部会議で訴えたことだった。


 ムサシから厳しい叱責を受けたあの日以来、タケルはその想いを胸に秘め、口にすることはなかったが、今こうしてサスケの口からそれを聞くと、自分たちが進むべき道はそこにしかない、と改めて思うのだった。


 サスケの毅然とした態度にセジは厳しい表情になり、その他の隊長たちは動揺を隠させない顔をしてサスケを見つめていた。


 その場が異様な空気に支配される。


 サスケの発言に対し、セジが怒りの声を上げた。


「サスケはわかってない。我々が剣を抜いたところで、爬神様の力の前では無力だということを。逆らえば、ただ無様に殺されるだけだ。それでどうやって住民を守れるというのだ。むしろ、爬神様に剣を抜いてしまえば、処刑どころの騒ぎではなく、サムイコク自体が滅ぼされてしまう危険すらあるんだぞ」


 セジがサスケに向かって厳しく反論すると、キタロ・ススキを筆頭に部隊長らはその意見に同意して頷いた。


 たしかにセジの言う通りだ。セジはいつでも冷静で現実的だ。だからこそリーダーに相応しいとも思う。しかし、現実を語るよりも、もっと大切なことがあるはずだ・・・


 タケルはそう思う。


「なるほど、セジの意見の方が現実的だな」


 タケルはセジの意見を受け入れ、その場の空気を落ち着ける。


「しかし・・・」


 サスケが食い下がろうとするのを、


「サスケ」


 と声をかけ、アジが止めた。


 アジはサスケに目で頷くと、サスケに代わって整列する兵士たちに向かって訴えた。


「ただ忘れてはならないことがある。我々治安部隊の使命は、国民の命と暮らしを守ることだ。もし、爬神様に公開処刑されるのが自分の愛する家族だったら、たとえそれがたった一人だったとしても、国のために犠牲になって良いとは思わないだろう。我々が国を守るということは、誰かの愛する一人ひとりを守る、ということなのだ。それだけは肝に命じておいてくれ。それが、治安部隊の誇りだからだ」


 アジがそう告げると、兵士たちの顔つきが変わった。


 アジのその言葉に、兵士たちは改めて自らの使命に気づかされるのだった。


「アジ様、たしかにアジ様のおっしゃる通りです。我々は、我々の使命を忘れてはいけません。そしてなにより、治安部隊兵士としての誇りを失ってはならないのです」


 キタロ・ススキはそう言ってまっすぐにアジを見つめた。


 その場にいた隊長たちのすべてが、アジの言葉に自らの使命を思い出し、治安部隊の兵士であることの誇りを失うまいと、自らを律するのだった。


 サスケはアジに感謝するように微笑み、アジは笑顔で頷き返す。


 ただ一人、セジだけは苦々しい顔で宙を睨んでいた。


「さすがだな、アジ」


 タケルは小声でアジに声をかけてから、隊長たちに要請した。


「今起こっていることは(いま)だかつてなかったことだ。そして、これから起こることも、未だかつてないことだろう。状況によっては命を捨てなければならないかも知れない。我が西地区治安部隊は、かつてその勇猛果敢さでその名を馳せたサムイコク軍の、その先頭に立つ部隊である。その事を忘れてはならない。サムイコクの国民一人ひとりを守れずに、治安部隊の兵士であることに胸が張れるだろうか。戦うべきときに戦わなければ、我々は何のために存在するのだろうか。自らの命を顧みず、この国を守ることこそが、我々の誇りだとは思わないか。これから何が起こるかわからないが、もしそのときが来るのなら、私にその命を預けて欲しい」


 タケルは熱く訴え、隊長たちに向かって深く頭を下げた。


「もちろんだ」


 アジが真っ先にそう応えた。


「我が命を捧げます」


 サスケもそう応え、頭を下げる。


「私はタケル様に命を預けます」


 キタロ・ススキが力強く誓うと、


「私も我が命を預けます」


 次々に部隊長たちが誓い、部隊長の後ろに整列する中隊長たちも、


「我が命をタケル様に預けます」


 と、口々に誓っていくのだった。


 ただ、セジだけは俯いたまま黙っていた。


 俺は自分の命を誰かに預けるなんてバカな真似はしない。自分の死に方は自分で決める・・・


 セジは心の中でそう呟いていた。


 誓いの言葉はさざ波のように広がり、その言葉を口にしながら、隊長たちは胸を熱くするのだった。


 その感動的な光景に、タケルだけではなく、アジとサスケの二人も胸を打たれていた。


「ありがとう・・・ありがとう・・・ありがとう」


 タケルは感謝の言葉を繰り返しながら、整列する西地区治安部隊の隊長たちを頼もしく見るのだった。


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