52.乗り越えて、乗り越えて
ナイトランドの上空に死が舞う。羽ばたく度にばらまかれる呪いの羽。
その姿は5年前に自分の人生を奪った死神そのものだ。その異形に過去との相違点を求めるとするならばその鉤爪に大切な人が囚われているということだ。
「なんでルナさんがクライフに捕まってるんだ。他の冒険者のみんなは? まさか全滅!?」
思わずその場にへたり込む。
ダンテもミルも少なくともナイトランドでは指折りの冒険者だった。そんな彼らがやられた。生きてるか死んでいるかもわからない。過去の恐怖が背中にどっしりとのしかかる。
窓越しに見えるクライフはまだはるか遠い。しかしすでに3日前のように足がすくむ。クライフはその進路を一直線に定めてナイトランドの空をゆく。
「あの方向はユグドラシルを目指してる。ルナさんが言ってた世界の終わりの始まり。……それが今日なんだ」
現実感のない悪夢の始まり。
でも確実に世界崩壊へのカウントダウンは始まった。終末時計はもう動き出したのだ。
何もかもから目をそむけたくて瞼を落とす。するとそこで映ったのは、自分の人生を変えてくれたいつも笑顔の金髪の美女の姿だった。
そして頭の中に響くのはあの透明な声の言っていた言葉、かつて母も自分に言った言葉
―――『大切な人に涙を零させてはいけない』
「もしユグドラシルが壊されたらルナさんはきっと泣くよね。それにこのままいったらユグドラシルが壊されるだけじゃなくて、ルナさんもクライフに殺されるかもしれない。でも僕が行ってもなんの力になれるんだ。こんなに離れたところにいるのに動けない僕に何ができるんだよ!」
悔しくて目から涙が出てくる。足が震える。動くことを拒否する。クライフを視界にとらえるだけで吐き気がする。とても立ち向かえるような精神状況じゃない。
「怖い、怖いよ。だけどここで動かなかったら、また僕は何もできずに大切な人を無くすだけじゃないか! そんなのはもう嫌なんだ! また何もせずに見殺しにするくらいならこんな命くれてやるよ!!」
ソラが吠える。震える足で無理やり立ち上がり、机の上に置かれた漆黒のナイフに手を伸ばす。その目線の先に映るのは一匹の怪鳥。
恐怖をごまかして、前に一歩踏み出す。それを人は勇気と呼ぶ。そして勇気は力を呼び覚ます。
―――加護『オオゾラノツバサ』の発動条件を満たしました。加護を発動します。加護の発動に伴い、メッセージが起動します。『私はお前が息子で嬉しい。少しだけ背中を押してやる。だから絶対に負けるな!』
「絶対に負けない。今度こそ僕は大切な人を守って見せる。【俊足】!」
飛躍的に上昇したステータスのもと窓から小さな英雄が飛び出した。




