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☆51.ルナの想い

 ―――自分は何のために生まれてきたのだろう?



 この問いを何回、いや何十回、何百回、何千会、何万回、何百万回、自分自身に問いかけたのかわからない。



 貴女は特別だと言われてこの世に生まれた時、私は自分自身がとても誇らしかった。



 私はいずれ訪れる厄災を退け、世界をお母さまを救う存在なんだ。生まれたての私はこれからの自分の人生に果てしない希望を抱いていた。



 だけどそんな希望はすぐに打ち砕かれることになった。



「なんだよあの実。色も汚ねぇし。身もやせ細っててまずそうだな。完全にハズレの実だ。誰もあんなの食わねぇよ」



「うわっ色わるッ!! 虫でも湧いてんじゃねぇか。さっさと採ってそこら辺に捨てたほうがユグドラシルのためだろあんなゴミ」



「なんかあの実臭くない? ほんと最悪。ああいう実があると周りの実の質も悪くなるんじゃない? 私が握りつぶしてあげよっか? キャハハハ」



 そう私は生まれた時に抱いた希望なんかが一瞬で無に帰すように毎日毎日バカにされた。毎日毎日軽蔑され毎日毎日お前はいらないと言われ続けた。それが何百年と続いた。私はいらない子なの? みんなにとって邪魔な子なの? いつも私はそう自分に問いかけ続け、涙を流していた。



 言葉は(やいば)だ。否定は銃だ。誰の役にも立たないハズレの実。周りに悪影響を与える害悪の命。落ちこぼれ。ずっと否定され続ける人生だった。いつしか私の心は死んでいた。だけどいらない、ハズレと言われるたびになぜか痛みだけは私の心に残り続けた。



 そしてついに世界にニーズヘッグが出現する日、私は命の終わりを迎えることになった。



 世界を救う力を備えていてもそれを使いこなせる人がいなければ意味はない。私は自らの命をお母様の肥料として捧げ、新な命の実にその力を継承することになった。



母の意志というわけでない。それは世界を滅びから救うための神の意志とでもいうべきものだ。



誰からも必要とされず、ずっと邪魔だと言われ続けた人生。いったい自分の命になんの価値があったのだろうか?



答えはわからないまま最後の一日を過ごそうとしていた。そんな時だ・



「ぼくこの実にする!! ぼくはこの実を食べる」



優しくて柔らかい声が枯れた私の心に響いた。



いや、きっと私のことじゃない。私の近くの命の実のことだ。私の干からびた感情が冷静に希望を放り投げる。



 しかし私の考えは少年の周りの大人たちの声ですぐに否定された。



「おい坊主正気か!? やめとけあんな実。あれはハズレの実って呼ばれている命の実だぞ。食ったらどんなクソみたいな加護を与えられるかわかったもんじゃねぇ」



「そうよボク。あんな実バッチイわ。もしかしたら食べた瞬間に死んじゃうかもしれないわ」



 間違いなく私のことだ。今まで何度も否定されてバカにされてきたからわかる。あんなことを言われる実は私以外にはいない。



 思わず心が躍った。この数百年間感じたことのない感情が芽生える。



 しかし私の淡い希望はすぐに消えることになるのもわかっていた。なぜならいくら少年が私を食べてくれると言っても周りの大人があそこまで否定してはきっと私のことなど捨てるに決まっているからだ。



 それが必然であることは馬鹿でもわかる。でも、最後に少しだけいい経験が出来たと思った。その時だった。



「なんでそんなこと言うの? 誰も食べたことないんでしょ? それなら何もわかんないじゃん。見た目だけで判断して好き勝手いうなんてあの実がかわいそうだよ。それに僕はうまくいえないけどあの命の実に呼ばれてる気がするんだ。今ここで僕があの命の実を食べなくちゃいけない。そんな気がする」



 青天の霹靂とはまさにこのことだ。いったい私は夢でも見ているのだろうか。生きている間ずっとバカにされて否定され続けた。そんな私に少年はその小さくてかわいらしい手を伸ばしているのだ。



 胸がドキドキと高鳴る。はち切れそうなほどの感情が胸いっぱいに溢れ出る。とうとう少年の手が私に触れようとしたとき、その手は止められた。



 何事かと思ってみると、少年の手は先ほど私のことを散々悪く言っていたダルマみたいな大人に止められていた。



「おい、坊主。大人の言うことは聞いとけ! 黙ってそんなハズレの実じゃなくてその隣の実にしとけ。それがお前のためだ」



 少年の手は無理やり私ではなくその隣の実へと誘導される。



 うそでしょ!? せっかく私のことを食べてくれるかもしれない人が現れたのに! また私は食べてもらえないの!! そんな、こんなのあんまりだ!!



 私は心の中でこれでもかってくらい叫んでわめき散らした。でも、私の声は誰にも届かない。そして少年の手は私ではなく隣の実に触れた。



 ああ、そうか。これが私の人生か。ほんとに惨めな命だ。



「おいおいおい。私の息子に何してくれてんだ? あんまり度が過ぎるとあんたを世界樹の養分にしちまうぞ」



 すごく透き通った声だった。声の主は優しい空色の髪を揺らして少年の手を掴む男のもとへとすたすたと歩いていく。そのキレイで優しそうな容姿とは裏腹に、その女性の放つオーラはとても強く周りの者を圧倒していた。



「あ、あんたは伝説のSランク冒険者シエル・スフィア!? じゃ、じゃあこの坊主はあんたの息子なのか!?」



「その通り、ソラ・スフィアっていうんだ。まったく世界樹に着くや否や一目散に駆けだして行くから危うく見失う所だったわ。で、うちのかわいい息子を掴んでるその手自分で離すのと私に切り落とされるのどっちがお好みだ?」



 腰に差した剣の柄に軽く手を当てながら挑発的に男を見る。すると男は慌てたようにすぐさま掴んだ手を離す。



「ふう、まったく。で、 ソラ食べたい実は見つかったのか?」



「うん。お母さん僕この実にする」



 そう言って嬉しそうに私を指さす。



 そんな私を見てお母様はふむふむと頷いた後に



「そうか。ソラが運命を感じたならその実がきっとソラにとって一番の実だよ」



 ニカッと笑いながら少年を見る。



 そしてとうとうソラと呼ばれた少年が私に触れた。あったかい指先が私の身体を包み込んで優しく自分の元へと抱き寄せる。



 私の身体をまじまじと見たあと口元へと運んでいき、小さくてかわいらしい口で私にかじりつく。なんとも言えない感情が胸の中に広がる。



 一噛み一噛みが私の乾いた心を満たしていく。目の前の少年と一つになっていくたびに今まで感じたことのない感情が沸き上がっては溢れてくる。



 そして完全に一つになれた時、私は喜びでぽろぽろと涙を流して泣いていた。今まで辛いこと以外で涙なんか流したことはないのに。



「いいかソラ。加護は一生私達を助けてくれる。だから私達は加護に対していつも感謝しないとだめなんだ」



「うんわかった! 僕の力になってくれてありがとね。それとこれからよろしくね加護さん」



 その言葉にとうとう私はワンワンと声を出して泣いた。感謝の言葉を言うのは私の方だ。いままで何百年生きてきて優しい言葉なんてもらったことはない。ましてや感謝の言葉なんて。



 本当だったら私は今日死ぬはずだった。絶望の淵で人生最悪の最後の日になるはずだった。それがこんな、こんな幸せな気持ちになれる一日になるなんて思わなかった。だってそんなことを思える人生を歩んでこれなかったから。



あなたに出会えて本当に良かった。絶対に私はあなたの役に立ちます。あなたを悲しません。幸せにします。だから私からも言わせてくださいありがとうございます。私のご主人様―――ソラさん、私の一生を貴方に捧げます。




――――――――――――――――

――――――――

―――




「私はあの日絶望の淵からソラさんに救ってもらいました。幸せを教えて貰いました。なのに私は5年間もソラさんの役に立てず悲しませてしまいました。だから今度は絶対にソラさんを悲しません。たとえこの命と引き換えでもあなたを殺します」



 突進するクライフにまっすぐにルナが立ち向かう。ダンテやミルから「逃げろ!」という声がルナに向かって投げられる。


 

 しかしルナは逃げない。静かに魔法を唱える。クライフの爪が嘴がその身体をいくら傷つけても、その場から動くことなく、魔法を発動させクライフにダメージを蓄積させていく。体中に瘴気の目玉が現れその身を激痛で蝕んでもその場を譲ることなく魔法を唱え続ける。



 かろうじて生き残った冒険者たちはその姿に思わず息を呑む。あのクライフ相手に一歩も引かずに戦い続ける。そんなこと不可能だ。事実自分達は一瞬の内に身動きとれぬほどのダメージを負ってしまった。



 しかしルナは自らに回復魔法を使いながらとはいえ戦っているのだ。あの伝説に。いくら傷つき蝕まれようとも決してひかない。いくら身体を治しても受ける痛みは存在する。何度も回復魔法を使ったその身体に走った激痛は想像を絶する者だろう。それでもルナは鬼気迫る表情で歯を食いしばりその命を燃やす。



 戦況は完全にクライフが押している。クライフが3度致命傷をルナに与えている間にルナがクライフに与えるダメージなどわずかなものだ。でもいくら致命傷を与えても目の前の人間は自分に立ち向かってくる。



 その姿はナイトランドの伝説の化物に恐怖を与えるほどだった。思わずその巨体がルナから距離を取ろうと後づさる。



 生まれたばかりのクライフにとっては自分がなぜそんなことをしたのかはわからない。だが目の前の人間は不気味だ。いくら痛めつけても殺すことはできないのではないか? そう思わせるほどにその人間が燃やす執念の炎は異様で偉大だった。



 その決死の覚悟はクライフにある決断をさせた。



それは今ここでルナを殺すのではなく本能に刻まれたこの世界に存在する世界樹を滅ぼすという目的を優先するということ。



 クライフはルナを倒して先に進むのではなく。ルナを無視してダンジョンを抜ける選択をとった。クライフはそれを本能にのっとった合理的な行動としたが、その姿を見ていた冒険者たちは違った。



「……クライフがビビッて逃げた」



 圧倒的に優位な立場のクライフがルナに恐れて逃げ去った。その場にいるもの達の瞳にはそう映った。



 それほどまでにルナの命を燃やした攻防は鮮烈なものだった。



「かはッ、どこにいくつもりですか? まだ終わってません。私の大切な人には羽一枚ふれさせませんよ?」



 血を吐きながらルナは逃げるクライフに向かって魔法で樹の根を伸ばす。そしてその足首に根を絡ませると自らクライフの鉤爪によじ登りしがみついた。



 反撃する力はほとんど残っていない。しかしクライフを逃がすまいと必死にその爪にしがみつき、猛スピードでダンジョンを抜ける。



 そして舞台はナイトランド上空へと変わる。


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