42.少女の代償
漆黒の怪鳥が空から錐揉み上に急降下する。地面にへたりこんだソラはその様を呆然と見上げる。唐突に訪れる死の匂いに混乱した身体が対応できずにその場に固まる。
頭の中では走馬灯なんていう殊勝な記憶などは廻らず、ただただ真っ白、目の前の現実を受け入れられない凡夫な脳みそは恐怖しないために何も考えないという選択をとった。
だからその奇怪な音を鳴らす嘴が眼前に迫っても恐怖することはなかった。ただ、「ああ、死ぬんだ」と無も考えず無意識的に唇を揺らしただけだ。
そして黄金の目がソラの心臓に向けられた時、
「ソラ君ッッツ!!!!!!」
ヨルがソラを思いっきり突き飛ばした。
体中を大地に打ち付けながら激しく地面を転がる。身体の至る所に擦り傷ができその痛みでようやく脳がその機能を再開する。
つい先ほどまで自分がいた場所には一匹の不気味な鳥がその嘴を大地に突き刺していた。もし、あと一歩ヨルがソラを突き飛ばすのが遅かったらあれが自分の心臓に刺さっていたと思うと、体中から脂汗が流れ出た。
ようやくソラが肌で恐怖を感じたころ怪鳥の一撃に舞った土煙が晴れ始める。晴れた土煙の中から自分を救った少女の姿が現れる。
そこには脇腹を抉られ血を流し、ボロボロになった服の布を纏ったヨルが転がっていた。
「ヨルちゃん!!!」
「……よかった……ソラ君、ちゃんと声出てる。……大きい怪我してないみたいだね」
虚ろな瞳でソラがいない方向をみてそう言葉を零す。
そんなヨルの流れる紅い血をクライフが黒い舌で啜った。
「う、うわぁぁああああああああ!!!」
絶叫と供にナイフを抜きクライフに切りかかろうとする。だが、一歩踏み出そうとしたその足は大地を踏むことなく身体が固まった。強烈な怒りとヨルを助けなければいけないという使命感で意志の炎を燃やすが、身体は5年前に刻まれた恐怖を忘れていない。
目の前で世界の誰よりも強いと思っていた母を殺された痛みを恐怖を絶望を身体は記憶している。
攻撃するどころか近づくこともできないソラを金色の目でちらりと見るが、そこに興味などはない。今この黒鳥の興味は自らの傍らで血を流しているうまそうな肉だけだ。
傷つき赤く染まり、食べやすそうにほぐれた部分にナイフのように鋭利な鍵爪を振り下ろそうと小さく飛翔する。
「やめろ! やめてくれぇぇえええええ!!!!」
ソラの悲痛の声になど耳を貸すはずなくクライフはそのままヨルの上へと自らの足を着地させる。
「うわぁぁああああアアアアアアッツツ!!!!」
ソラの泣き声がダンジョン中に響き渡る。怪鳥は歓喜の声を上げる。
しかしこの場で生殺与奪の全権を握る死神はその首を横に傾げる。なぜなら自らの足が肉を引き裂く感触がなかったからだ。
「ギィぇエ゛?」
なぜ自分の思い通りにならない出来事が存在するのかと不思議に思った。まだ人と戦ったことがないがゆえに出来た油断。その瞬間クライフの身体に強大な大樹の根が絡みついた。
「ギィぇエエエ゛エ゛エ゛゛エ゛゛エ゛!?!?」
「あまり調子に乗るんじゃないですよ!! 世界樹魔法【運命の女神の拘束】」




