第四十三話:奏と手に汗握るプレイ
第四十三話
男女の仲が深くなったと言えるのはどこら辺からだろう。
「……膝枕まではセーフだよな」
「ちょっと、動くと危ないわよ」
「あ、悪い」
少なくとも、耳かきを素人に持たせて膝枕とか地獄と天国がいっぺんに来たんじゃないかと思わせるぜ。
しかも、外側ではなく内側……つまり、腹側に目を向けさせるなんて何を考えているんだ。
「更に言うなら余計に奏の脈動が伝わってきそうで怖さに拍車がかかる」
「だから、動かないでって言ってるでしょっ。鼓膜破れたらどうするのよっ」
破れるのはお前の鼓膜じゃあない、俺の鼓膜だ。俺の鼓膜の運命は奏の双肩にかかっている。
「……しかし、いい匂いがするな」
耳の奥でがさっという音が聞こえて来ても我慢している。
女の子って全員こんなにいい匂いがするんだろうか。
開始から一体何分が経過したのか時計を見る事が出来ない俺には分からない。ただ、わかる事と言えば最初に奏から『耳掃除してあげようか』と言われた時に味わったちょっとだけ甘い空気が一切ないと言うことだ。
「……あるのはわかるんだけど、見づらいから手ごわいわね」
そこには耳垢と奏の真剣勝負があるだけなのだ。
耳かき一本でピンセットなどは使わない一本釣りスタイルの奏に対し、俺の耳垢はいつとったのか思いだせないおそらく歴戦の戦士。
勝負の決め手は俺の精神的強さと耳の中の壁の強さだ。
俺が痛いと言ったら辞める、血が出たら終了と言う敗北条件で奏は闘っている。
「女の子に耳かきしてもらえるなんて萌えるシチュエーションだよね」
以前通っていた学園で友人があるとき発した言葉である。俺もその時は少なからず同意していたはずだった……。
そんなものは本物を知らず偶像を崇拝するだけの甘ちゃんの考えだったのだ。
今の俺に出来る事は奏を信じ、その身体を、耳を奏にゆだねるだけなのだ。そして彼女が精いっぱい力を発揮できるように身体を動かさない事だけ。
「そんな中俺が出来る事は……すー」
うん、やっぱり奏はいい匂いがするんだな。
匂いを何度か吸って変態っぽいかなと思ったので今度は頭を載せている膝の感触を味わってみることにした。
「お嬢様の膝の上ってなんとなーく堅いイメージあったけどやっぱり、女の子だけあって柔らかいんだな」
触れたら、抱きしめたら壊れそうな感じがするんだよなぁ。
いい匂いもするし、安心感を与えてくれる。眠たくなってきた。
このまま……寝ちまうのも悪くないな。いい夢を見る事が出来そうだ。
「危なかったわ。危うく突っ込むところだった……」
「そのセリフで一気に目が覚めた」
耳かき中に眠くなるのは理解していただけるだろう。
よくよく思い出してみれば彼女はこの道の素人……目を離せば何をされるかわかったものではない。そもそも、俺が寝てしまったのを確認すれば何かしら悪戯……ではなくても、何かするだろう。
してもらっても構わないものの、何だかそれはそれで癪なので起きておくことにした。
「……しっかし、柔らかいな。ちょっと触ってみようかな」
怒られるだろうか。
こればっかりは実際に触ってみないと(これが電車の中なら手を掴まれて一発お縄である)わからない。
刺激しないように静かに微々たる動きで手を自分の口元まで持ってきて触れてみる。
「後少し……後少しで取れ……ひゃんっ」
「アッー」
その日の耳かき勝負は歴戦の戦士が勝利したのだった……俺の耳を犠牲にして。
当然、その後は奏に怒られるわけだ。
「冬治のえっちっ。耳かき中になにしてんのよっ」
「だから悪いって言ってるだろ? 耳かき中じゃないんならそう言う事、してもいいのかよっ」
「と、冬治が……冬治が責任取ってくれるんなら別にいいわよっ」
売り言葉に買い言葉……俺の場合はこの時点で冷静になっていた。逸らすことのない視線はいつもの強気に満ち溢れたものじゃなかった。
「おいおい奏、お前がそうやって弱気になると調子狂うだろ」
俺の言葉に奏はしばらく黙りこんで軽く頷いた。
「触りなさいよっ。ほら、好きなだけ触ればいいじゃないっ。あんた、なんだかんだ文句言っている割にはあたしと一緒に生活しているの楽しんでるじゃないっ。そろそろ答え出しなさいよ」
「……おっしゃる通りで」
これ以上返答を引き延ばすのはへたれってもんだろうな。
「奏、クリスマスイブの日は空いてるか?」
今から彼女の予約をとっても間に合わないかもしれない。お嬢様だしな。パーティーとかに顔を出さなくてはいけないのだろうよ。
「既に決まってるわよ」
「……そうか、んじゃ、次の日でもいい」
「二日連続? さすがにそれは権利の乱用ね」
得意そうに笑う奏に俺はため息をつくのだった。




